2025.06.10
#クリエイターズインタビュー No.90ゲームの力で人を動かす!ゲームフルデザインが切り拓く未来
ゲームが持つ力は、単なるエンターテインメントの領域にとどまりません。ユーザーとの深い接点を築き、エンゲージメントを高め、持続可能な価値を生み出す強力なツールとして注目されています。ゲームのメカニズムを応用した「ゲームフルデザイン」の最前線で活躍する、セガ エックスディーの伊藤真人さんと面白法人カヤックの後藤裕之が、その魅力と未来について語り合いました。

ゲームの持つ力に魅せられて
ー最初に、簡単に自己紹介をしていただけますか。
後藤
カヤックへ来る前は、大手ゲーム会社でゲームをつくっていました。新卒一年目で企画したのが「ことばのパズルもじぴったん」です。このゲームがきっかけで、自分がつくったものがただ楽しいだけでなく、色々なことに役立つと気付きました。「子供が言葉にすごく興味を持つようになった」とか、「たくさんの気づきがあった」など、遊んでくださった方の声が届いたんです。そこから、「ゲームをどう役立てていくか」に人生の目標がシフトしていきました。
カヤックならゲームに絡めて何か楽しいことがやれると思い、門を叩いたのが15年前。現在は専門チームを立ち上げ、ゲーム以外の分野のコンテンツ制作に軸足を置いています。ゲームの要素を駆使して、WEBサイトのバズや、ユーザーエンゲージメントの向上に貢献しています。
伊藤
僕がセガに新卒入社したのが2010年。後藤さんがカヤックさんに転職したあたりですね。ガラケー向けゲームポータルサイトの運営部署に配属され、その後スマートフォンの登場とともにスマホゲーム制作に携わるようになりました。
先ほど後藤さんは、純粋なゲーム制作からゲームを役立てることへのシフトについて話していましたが、僕の場合は「ゲームが人を夢中にし、人を動かす力を、エンタメ以外にも展開してみたい」と思うようになったんです。2016年の8月には、ゲームの力で様々な課題を解決するセガ エックスディーという会社を立ち上げて、取締役として事業を見ています。
ー後藤さんも伊藤さんも、「ゲームの応用」に焦点を当ててきたわけですね。そう考えるようになった原体験なようなものはありますか。
伊藤
学生時代に相対性理論を研究していた時、分からないことが分かるようになる体験がものすごく面白かったんです。ゲームには、そうした人間固有の感情の高ぶりを生む仕掛けがたくさん盛り込まれています。その設計と社会実装に関わりたいと思ったのが原体験です。
後藤
僕は、ゲームの力で大の苦手だった漢字を克服しました。自分の名前すら間違って書いていたほどですが、漢和辞典で名前の成り立ちを調べたことをきっかけに漢字にハマり、ゲーム感覚で学び方を工夫したら、一年で漢字検定1級を取得できたんです。
今では、「全ての学びは絶対に面白い」と確信しています。やっぱり伝え方や、料理の仕方が大事。その工夫がやりがいですし、特に学びにおけるゲーミフィケーションは自分がどっぷりハマっていることです。
ー「ゲーミフィケーション」「ゲームフルデザイン」という言葉の意味を教えてもらえますか。
伊藤
ゲームのメカニズムを非ゲーム分野に活用することをゲーミフィケーションと呼びますが、とても広義な言葉です。日本では、2011年ごろからポイント付与やランキング、スタンプカードといったマーケティング手法が流行しました。
ゲームフルデザインは、ゲーミフィケーションをさらに深く掘り下げた概念です。ゲームにおける「ついやってしまう(無意識)」「ついやりたくなってしまう(意識)」「ついやり続けてしまう(粘着性)」仕掛けを体験設計に活用し、内発的動機づけを通じて課題解決を目指すアプローチを指します。
僕は、後藤さんの「子供に苦手なピーマンを食べて欲しい場合の例え」が好きですね。
後藤
ピーマンを刻んで好物のハンバーグに入れるのを表面的なゲーミフィケーションだとして、ピーマンそのものを好きになってもらうのがゲームフルデザイン、という話ですね。
伊藤
ピーマンを内発的に好きになるまで、行動変容を仕掛けていくのがゲームフルデザインなんですよね。
ー心理学や人間行動学みたいですね。
伊藤
そうなんです。人や感情が介在する限り、オンライン・オフライン問わずあらゆる領域に応用できます。効率や合理性だけでは解決できない課題にこそ、内発的動機づけと体験価値の最適化・最大化を促すゲームフルデザインが有効だと思います。
ーゲーミフィケーション・ゲームフルデザインについて、カヤックとセガ エックスディーは、4、5年前からずっと情報交換しているのだとか。
伊藤
2週間に一度はオンラインで話しています。僕たちのようにゲームの力の応用に特化した組織は、国内でも珍しいんです。もっとマーケットを広げたくて意気投合しました。お互いの取り組みにも刺激を受けていますし、相手がやっていることをやってみたいなとも思うし、とても良い関係性です。協力しあうことで、ゲーミフィケーションやゲームフルデザインをニッチで終わらせず、文化として根付かせたいと思っているんです。
内発的動機づけを生み出すゲームフルデザインの実践例

ーカヤックではゲームフルデザインをどのように実装してきたのでしょうか。
後藤
例えば、創業から26年続くカヤックの社内制度「サイコロ給」も、原始的なゲームフルデザインだと言えるかもしれません。毎月自分でサイコロを振って、出た目で賞与のパーセンテージが決まるんです。
伊藤
カヤックさんは、社内制度も社員もカヤックらしさを体現していますよね。金銭報酬だけではなくて、面白いから、やりたいからという内発的な動機で働く、ゲームフルデザイン的な組織構造が確立されていると思います。
「ぜんいん人事部」や「ぜんいんM&A責任者」も、社員の当事者意識を高める良い発想だなと思っていました。一気に社長と面接できる、限定のゴールドパスがありましたよね。あれも、有能感を刺激するゲームの設計の仕方なんです。
あと、「水門アクアリウム」がすごく気になっていました!
後藤
「水門アクアリウム」は、まさにゲームのメカニズムを応用した事例です。水門の保守管理は重要ですが、目視点検するにはとても手間がかかるという課題がありました。そこで、ウォークラリーしながら水門をスマホで撮影・投稿すると、魚のキャラクターを集められるWEBゲームを企画・開発したんです。誰でも気軽に参加でき、楽しく魚をコレクションするうちに、目視情報が集約される仕掛けになっています。
今は地域限定のコンテンツなのですが、今後は日本中の保守点検が必要なものに横展開したいですね。

伊藤
サイバーセキュリティやITの知識を学べる「タチコマ・セキュリティ・エージェントの訓練クイズ」もカヤックさんですよね。教育領域としてすごく意義深いと思いました。

伊藤
後藤さんは長年ゲームをつくってきて、どう設計したら人に面白く響くのかを熟知していますよね。
後藤
でも、今まで言語化や体系化ができなかったんです。だから、伊藤さんの著書(『ゲームフルデザイン やりたくなるを生み出すゲーミフィケーションの進化』)は本当にすごいと思いました!
僕がしてきたこと全てが網羅されているし、これもゲーミフィケーションかと気付かされるところもあって、バイブルになっています。これ以上のことを他の人が書こうとしても書けないと思います。体験デザインの手法例もすごく多いから、百科事典的にも使えそうですね。
伊藤
ありがとうございます。そういう使い方をしてくれたら嬉しいです。
ゲームをつくっている人は良くも悪くも「面白い」の正解をそれぞれ持っていて、その尺度が異なるため、みんなが同じことをできるかというとできなくて。共通言語で「面白さの尺度」を並べられたらと思い、101個の体験デザイン手法を載せています。
ただ、ゲーミフィケーションのロジックだけではカヤックさんの「うんこミュージアム」や「ちゃんりおメーカー」のような200点の体験はつくれないと思います。やはりすごい発想力があった上でのことなんですよね。成功したコンテンツをロジックで説明することはできても、そこに行きつくのには結構なジャンプ力が必要ですから。僕自身もゲームをつくってきましたが、「面白さ」はつくれる人がある程度限られているところがあるんです。逆に、そういうすさまじい発想力を標準化できるのが僕たちの武器なので、ロジックと発想のバランス力で後藤さんたちの背中を追いかけたいと思っています。
未来へのビジョンと課題

ーゲームフルデザインの実践において感じる難しさや社会的な壁はあるのでしょうか。
後藤
そもそもゲーミフィケーション自体があまり理解されていなくて、まだ浸透していないと感じることが多々あります。
伊藤
ゲーミフィケーションの概念は実は10年以上前からありますが、ビジネスマンの中でも認知率は16%ほどなんです。こんなに面白い概念なのに、みんな知らない。
後藤
もっと噛み砕いて広げていかないといけませんね。ゲーム実況芸人が流行っているから、ゲーミフィケーション芸人とかも良いですね。
伊藤
それ、面白そうですね!
後藤
しかも、ゲームフルデザインはビジネスだけではなくて、個人や家庭のレベルで活かせることもいっぱいあるんですよね。伊藤さんの著書もビジネス書だと限定せず、人との付き合いとか、家族をハッピーにするとか、人生を豊かにするために使えるという意味でもっと広まってほしいと思います。
伊藤
まだ「自分とは関係ない」と感じている人が多い気がしますね。「家族が部屋を掃除しない」「思春期の子とのコミュニケーションが難しい」といった課題は誰しも持っているかもしれませんが、そのソリューションとしてゲームフルデザインは結びつかない。「自分ごと化」ができていないのがハードルだと感じています。
社内でも「もっと外に出て行こう」と話しています。人材会社、教育現場など、多様な業界で「ゲームって、あなた達にも関係あるんですよ。もっと活用できますよ」と伝えたいです。娯楽のイメージが強すぎて、ゲームを課題解決の選択肢として想像できない方が多いので......。
後藤
そうなんです。カヤックのグループ会社に葬儀会社があるので、思い出を残したり、故人を偲ぶためにゲームフルデザインを掛け合わせる余地があると考えていますが、「ゲーム=不真面目」という印象が強くて、人の命に関わることに取り入れるのは難しいと思われがちです。
伊藤
以前、ゲームフルデザインを使った防災訓練を企画した際にも、不謹慎とまでは言われないものの、ゲームという言葉に抵抗を感じる人もいました。まだまだ広報が足りないと思います。「パーセプション」、つまりゲームに対する印象や価値観を変えなくてはとよく話しています。
ー最後に、ゲームフルデザインで未来の社会をどのように実現していこうと考えているのか教えてください。
後藤
僕個人としては、教育分野のゲームフルデザインに残りの人生をかけたいと思っています。AIが出てきたことで、受験勉強の意味や教師のあり方も議論されていますよね。学ぶモチベーションをあげたい人や、教える情熱はあっても時代に追いつけなくなっている人を、ゲームフルデザインでエンパワーしたいです。数年後には、「伊藤さんの本を読んだから達成できました」とか言っていたいですね(笑)。
伊藤
ありがとうございます。
個人的な考えですが、まずはより多くの人にゲームフルデザインを使ってほしいですね。長期的な野望を言えば、日本のゲーム業界を世界に誇れる産業にしていきたいです。
グローバルに見ても日本は「課題先進国」。少子高齢化やインフラの老朽化など、しんどい時期ではありますが、逆を言えば課題を解決できるフィールドがあるとも言えます。国や優秀な人たちは正攻法で解決しようとしますが、それだけで上手くはいかないことも多いはず。ゲームフルデザインで解決できれば、そのソリューションを海外に輸出できますよね。IPだけじゃなくて、課題解決手段としても誇れるものにしたいと、心から願っています!
(取材・文 二木薫)
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