2025.12.10
#クリエイターズインタビュー No.964ヶ月で1000万DL突破!インドネシア出身のゲームクリエイターがカヤックで培った「失敗の筋肉」とは
インドネシアでゲームボーイに魅せられた少年が、海を越えて鎌倉の開発現場に立ち、リリースからわずか4ヶ月で1000万ダウンロードを達成──。 「Grapple Hook Hero」を生み出したのは、「アルファベット順にゲームタイトルをつくる」という独自の発想法で、日々「面白さ」を研ぎ澄ませてきたククさん。広告から逆算してゲームを作り、ハイパーカジュアルゲームには珍しいフォトモードやシーズンイベントなど、小さな遊び心で世界中のユーザーを巻き込み、今回のダウンロード記録を達成しました。
仲間に支えられながら「失敗の筋肉」を鍛え続けてきた、と語るククさん。1000万DLという成果を手に、スケールの拡大に挑みながら、かつての自分のような未来のクリエイターたちへエールを送る、異国で磨かれた挑戦と成長の裏側について、その歩みを追いました。

インドネシアの少年がゲーム開発者になるまで。原点は「ゲームボーイ」
ーゲームづくりに携わろうと思ったきっかけを教えてください。
クク
ゲームづくりをしようと思ったきっかけは、子どもの頃からゲームが好きだったからです。みんな同じ理由が多いと思うんですけど、自分もその1人です。「好きだからつくりたくなる」という感じです。
ーインドネシアにいた頃から、ゲームづくりには関わっていたのでしょうか?
クク
大学で情報学を勉強していたのですが、デザインの専攻の人が論文用のプロジェクトとして「こういうゲームをつくりたい」と言ってきた時に、友達とチームを組んで制作したことはありました。ゲーム会社で働く経験は、カヤックが初めてです。
ー日本のゲームをインドネシアでプレイする機会もありましたか?
クク
ありました。特にゲームボーイが刺さりましたね。インドネシアでもすごく人気でした。
1番好きなのは「Final Fantasy Tactics Advance」です。子どもの頃、たくさんやり込んでいたゲームの一つです。
憧れと偶然が開いたカヤックへの扉。コロナ禍から始まったキャリア形成

ーカヤックに応募しようと思った理由には、どんなきっかけがあったのでしょうか?
クク
「運」というところもあるし、会社自体が面白そうだと思ったところもあります。「運」の部分は、大学生のころから将来は海外で働いてみたいと思ってたんですが、その当時、ちょうど自分の大学にカヤックの新卒募集がきたんです。そこで応募して、面接を受けました。カヤックのことを調べてみると、社員の9割がクリエイターってあって。自分もそのクリエイティブな人たちに囲まれたら、どういうことができるか、どう成長できるか興味が沸きました。
ー無事に合格して2020年4月から入社予定だったところ、新型コロナウイルスの感染拡大で入社が2年遅れてしまったんですよね?
クク
はい、日本に行くことができなくて。当時カヤックでは入社からリモートだけという就労の形はなくて、働くことができませんでした。なので、一時期は日本語だけをひたすら勉強したり、インドネシアでVRに関する仕事を少しだけしていました。そこも運良く日本の企業だったので、日本語能力の向上に役立ちました。
ー2022年6月に入社された当時は『ぼくらの甲子園!ポケット』のチームに配属されて、どんな仕事をされていたのでしょうか?
クク
『ぼくらの甲子園!ポケット』はシリーズを通して10年を超えるゲームだったので、基盤はすでにありました。そこから新しい改善とか、新しいイベントを作る実装を、当時の先輩の指導を受けながら、プロデューサーのビジョンを実装していくという仕事でした。
AからZまで、捨てずに積み上げる。独自の発想法から生まれた「Grapple Hook Hero」
ー昨年10月からハイパーカジュアルゲームチームに異動されたんですよね?どうして、ゲームのタイトルをアルファベット順でつくろうと思ったんですか?
クク
ハイパーカジュアルのゲームって、「捨てる」のが当然なんですよ。
カヤックでは、開発したタイトルのうち約5%くらいしかリリースされないので、95%は捨てられてしまうゲームなんです。だけど、それを捨てるだけだともったいないなと思うことがあって。もし捨てたゲームが「捨てるだけじゃなくて、他の意味を持てる」としたらどうかなと。例えば「アルファベットを埋めていく」という存在理由があれば、自分のコンプリート欲が湧くんじゃないかと思ったんです。だから、 A から Z までのゲームタイトルを作ってみよう、という姿勢でハイパーカジュアルを始めてみました。
もうひとつの理由は、自分はアイデアが色々沸いて暴走しがちになるのを、アルファベット縛りで考えれば、例えば「H ならハンマー」みたいに、ハンマーだけにアイデアを絞れるので、この枠組みの中で作るほうが作りやすい。いらない要素を足さないようにするためでもあります。
ーアルファベットをひとつずつ埋めていく中で、今回の1000万ダウンロードを達成した『Grapple Hook Hero』は 「G」にたどり着いた時に生まれたのでしょうか?
クク
そうです。A、B、C と進んで、クリスマス時期に合わせて「T」のプレゼントを取るゲーム「That's My Present」をつくったりして、ちょっと順番がバラバラになったんですけど、その後はまたD、E、Fときて、Gになりました。
ー『Grapple Hook Hero』というタイトルや内容は、どのように生まれたのでしょうか?
クク
そうですね。まず、カヤックには「人間のモチーフ」が強いという流れがあって、今までも成功例があったので、「人間を使うゲームでまた当ててみよう」という思いがありました。その前のFの時に、「Fish for the People」というゲームをつくって、魚を釣る「フック」の部分を作ってもらっていたんです。そのゲームはがっかりする結果でリリースには至らなかったんですけど、その時に作ってもらったフックを、活用してなんかゲームができるかなと思ったんです。
それで、「G」もつくGrappling Hook系のゲーム なら、人間のモチーフとの相性もいいし、フックも活用できるなと考えました。

固定フックから自由移動へ。ひらめきと先輩の一言が後押しした開発の瞬間
ーアイデアは、仕事中だけでなく日常生活でも浮かんでくるものなのでしょうか?
クク
普通の生活の中でも浮かんできますね。コンシューマーゲームで遊んでいても「これもハイパーカジュアルになりそうだな」と思ったりします。友達の家で何気なくプレイしたゲームとか、そういう日常の情報が頭に蓄積して、作る時のヒントになっている、というのもあると思います。
ーゲームの最初のプロトタイプが完成した時、手応えはいかがでしたか?
クク
先輩のぜにとーさん村上隼之助が「あ、これは絶対いけそうだ」と言ってくれたんです。「CPIテスト(1インストールあたりの獲得コストを測定し、収益性を検証するテスト) に通らなくてもいける」と声をくれました。心強かったですね。その言葉をもらって「いけるのかもしれない」と感じました。
CPIテストに通らない作品を連続でつくっていると、自分がつくるゲームに自信がどうしても持てなくなってくるんです。「絶対いける」と思ったものが結局いけなかったりもするので。でも、周りから「これはいける」と言ってもらえて、自信がもらえました。周りの声の影響は大きかったです。
ーつくっていて、悩んだ部分はありましたか?
クク
最初考えていた実装方法では、プレイヤーがフックをかけられるポイントを1つ1つ自分の手で設定していたのですが、これだとゲームを改善したり、1つステージを追加するたびに手作業での設定が100を超えてしまうので、めちゃくちゃ時間がかかってしまう。
スピード感を持って開発するにはこれが大きな悩みだったのですが、何度かABテストを繰り返す中で「どこにフックをかけられてもいい」ということに気づいて、自分がこだわっていた実装方法を思い切ってやめることで、実装の工数を大きく減らすことができました。自分の固定観念に気づくことでこの悩みを乗り越えることができました。
プレイアブル広告が火をつけた。広告が引き寄せた、世界1000万DL

ー4ヶ月で1000万ダウンロードという結果は、最初から想像していましたか?
クク
最初のCPI がけっこう低かったので、「もしかしたら、いけるんじゃないか」とは、期待はしていました。でも、今まで「いける」と思っても失敗することが多かったので、油断しないで改善しないと、という気持ちは強かったです。
ー何か「ここで一気に伸びた」というきっかけはあったのでしょうか?
クク
広告の影響が大きかったというのがひとつあります。
広告内でゲームを実際に体験できるプレイアブル広告の効果が、この1000万ダウンロードにも一番つながっていると思っています。
色々なプレイアブル広告をつくったんですけど、1番遊んでもらえたのは「ボスを倒す」という内容でした。でもこの広告を作った時点では、ゲーム内にはまだボスが存在するステージはなかったんです。

ーでは広告の結果をもとに、ゲームにボスのステージを入れたんですか?
クク
そう、なんです。この広告を出して、人気になってしまった以上、ボス体験が嘘にならないようにしないと、という義務感のようなものがありました。
そこで、ボスのステージを追加してアップデートしてみた結果、データも良かったので、嘘にはならなくてホッとしてます(笑)。
ー世界のデータを見ていて、「この国で予想以上に伸びている」という地域はありましたか?
クク
インドはかなり伸びていて、人口が多いのも理由のひとつだと思いますが、インドのクリエイターがYouTubeで「Grapple Hook Hero」を紹介してくれていたんです。視聴数も 10万くらいあって、直接的ではないにしろ、この動画をみた後に、広告でまたゲームを見て「じゃあダウンロードしてみよう」という人もいるんじゃないかなと思います。そういうプレイヤー同士でゲームを活発に共有してくれるのは、嬉しいですね。
ー1000万ダウンロードしたゲームの内容の中で、「ここが特にプレイヤーに刺さった」と感じているポイントはありますか?
クク
Grappling Hook系のゲーム自体は世の中にいっぱいあるんですけど、今回のゲームを作る前に Google Play Store で「grapple」と調べた時に、意外と奥に飛んでいく 3D のゲームがなくて。2D はあるけど 3D はまだなかったんです。
前に先輩が教えてくれたことなんですが、「Google Play Store にまだないものをあえてつくる」というやり方があって、自分も「Grapple Hook Hero」をつくる時に、調べてみて、世の中にないものならプレイヤーも楽しんでもらえるかなと思いました。
フォトモード、ハロウィンイベント…小さな遊び心がゲームを広げる、ヒットの源泉
ーフォトモードを入れてみようと思ったきっかけは、何だったのでしょうか?
クク
「写真を撮れるって嬉しいな」というのがひとつ理由としてありました。こういう物理ゲームって、プレイする度に動きが違って同じポーズってないんです。だから、フォトモードを入れて、写真が撮れるようになったら同じステージでも「今回はこのポーズが取れた」と何度も楽しめるんじゃないかと思ったんです。さらに、それが面白かったら友達に共有したくなりますよね。「この前このゲームでこんなポーズになった、面白くない?」みたいに。そういう広がりを想像をして作りました。

ーハロウィンイベントのようなシーズナルイベントを取り入れた理由は何だったのでしょうか?
クク
『ぼくらの甲子園!ポケット』ではシーズンごとにイベントやっていたんですけど、ハイパーカジュアルではあまりやらないので「やってみたい!」という純粋な興味からやりました。
そこで、ハロウィンのテーマに合わせて仮装スキンの機能を入れてみました。他にも、ハロウィン限定のボスもつくって、結構作り込みましたね。
ーインドネシアで育った文化や視点は、今回のゲームづくりに何か影響しましたか?
クク
特にインドネシアのゲーム文化そのものが影響しているわけではないんですけど、日本の会社で働く外国人として、自分の一番の価値は「外国人であること」だと思っています。
それは、わかりやすい「違い」であり「個性」になります。
だからこうしたハイパーカジュアルではあまりやっていないアイデアも、みんながやっていないからこそ、自分が攻めるべきだと思っています。
失敗の筋肉が鍛えられた場所。「面白がり合う」場所が才能を開く

ーチームで開発する中で、驚いたことや「ここが魅力だ」と感じた点はありますか?
クク
失敗してもいい環境がすごく魅力的だと思いました。「面白がり合う」というか、仕事じゃなくても「このゲームは面白そうだから作ろう」みたいなところもある。こういうのはカヤックだからこそだと思います。
ー入社から3年5ヶ月が経っていますが、特に成長したと感じるところはありますか?
クク
怖がらずに何かを作れるようになりました。結果にとらわれすぎて「絶対にリリースさせないと・・」と考えることもあったんですけど「とにかく、つくればいい」という思いになりました。失敗の筋肉が身についたというか、いま勝てていなくても後で勝てる。この1つの失敗に力を入れ過ぎずに、どんどんつくっていけば、次は勝てるかもしれない、と思えるようになってきました。
これは、カヤックの失敗を気にしないという文化が影響していると思います。
小さな自分が喜ぶゲームに向けて、スケールをさらに大きく。1000万DL後に見据える創造の未来
ー今回1000万ダウンロードを達成しましたが、この結果は今後のゲームづくりに影響しそうですか?
クク
最速で1000万達成したというのもあって、「Grapple Hook Hero」には可能性があるのかもしれないと期待しています。なので、このまま「Grapple Hook Hero」のダウンロードを増やす改善をしていきたいです。
例えば、今はレベル制でやっているんですけど、インフィニティモード、つまりクリアしたら次のレベルに行くのではなく、ハイスコアを目指すゲームモードを入れたらプレイタイムがもっと伸びるんじゃないかと思っていて、その方向で改善に苦戦中です。どうやって同じゲームを面白いままキープして、ユーザーが離れないようにするかが大事だと思うので、その方法を探っていきたいです。
ー最後に日本でゲームを作りたい海外クリエイターに、何か伝えたいメッセージはありますか?
クク
さっき話した、インドのクリエイターがアップしていた動画に、子どもが「Grapple Hook Hero」のゲームを遊んでくれているシーンがあって、夢中になってゲームボーイで遊ぶ自分の子ども時代を思い出しました。
自分自身が夢中になって、面白がってゲームをつくれば、きっと小さい頃の自分も楽しめるゲームになるんじゃないかなと思います。
(取材・文 川島 由美子 / 編集 梶 陽子 / 写真 岩瀬 茂樹 )
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