2024年、日本の上場企業と上場市場はどこへ向かうべきか?【面白法人が考える上場の話 #10(最終回)】 | 面白法人カヤック

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2023.11.17

#面白法人カヤック社長日記 No.125
2024年、日本の上場企業と上場市場はどこへ向かうべきか?【面白法人が考える上場の話 #10(最終回)】

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2023年の1年間にわたり書き続けてきたテーマ「上場について」も今回で最終回です。

これまで10ヶ月間、上場を通してカヤックが学んだことをシェアするつもりで書いてきました。そしてこの回は、これから上場企業と上場市場ががどう変わっていくべきなのか、皆で考えるきっかけになればと思いながら書いたものでもあります。

最終回の11月は「日本の上場企業と日本国内の上場市場が2024年以降どうあるべきか?」を考えていきたいと思います。

変わる上場市場

まず近年の上場市場の変化についておさらいから始めます。2022年4月、東京証券取引所の市場区分見直しが行われました。これまでの市場第一部、市場第二部、マザーズ・JASDAQは、プライム・スタンダード・グロースという3つの市場区分になりました。
これまでの市場区分のコンセプトが曖昧だったこと、新たに上場する時の基準よりも上場廃止基準が低いので、上場後に企業価値を向上させ続ける仕組みになっていない、つまり上場ゴールを生みやすい構造になっていましたが、それを改善しようという狙いがあっての見直しです。

一方アメリカでは、2020年9月にロングターム証券取引所(LTSE)がオープンしました。ロングタームは長期という意味です。長期間にわたって企業価値を高められているか、株主だけでなく、従業員や顧客などのステークホルダーを大切にしているかといった評価軸で株式の評価を行う証券取引所です。こうしたロングターム・キャピタリズムの潮流はあちこちに見られます。
 
このような近年の上場市場のルールが変わっていく背景には、収益性や成長性の低い企業が市場で評価されず、成長至上主義とも言える資本主義の流れをより強めていく方向感と、もう一方では、その資本主義を突き詰めた結果今起こっている気候変動や廃棄物、格差といった社会課題をどうにかしなければならないという危機感との両方の観点から変化が求められているのではないかと思います。

変わる企業のモノサシ

アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンが「企業の社会的責任は利益を最大化すること」と言ったのは1970年代のことでした。
企業は株主のものであり、株主に利益還元することこそ企業の最大の役割なので、企業は事業を通じて利益を最大化し、株主に還元するとともに、納税する。政府は税金を再配分して社会貢献を行う。
つまり、企業は一生懸命お金を稼いで、株主にたくさん配当を支払い、政府に納税する。それが「いいこと」だという考え方です。この「いいこと」が変わろうとしています。

例えば、世界最大の資産運用会社ブラックロックは、投資先である化石燃料企業などにエネルギートランジションへの取り組みを積極的に促しており、2030年までに投資対象の4分の3相当分を、科学的に算定したCO2排出削減目標を達成させるように働きかけています。あるいは、投資家の中には、二酸化炭素を排出している企業への投資を見送ったり、調達コストを上乗せする動きが盛んになっています。

このような流れが加速していくと、石炭や石油に投資する方が収益性が悪くなる、つまり経済合理性的にも環境に配慮していないと分が悪くなるという構造になっていきます。ESGスコアが低ければ、資金調達のコストが上がってしまう。ESGやSDGs、そして炭素削減に取り組む方が企業にとって利益につながる。EUが可決し、この2023年10月1日より段階的に導入が開始された炭素税は、その典型的な仕組みと言えるのではないでしょうか。
企業は経済合理性が最大の尺度で動く生き物ですので、そうなれば流れはより加速されます。そんな時代が到来しています。

「稼いだお金でいいことをする」から「いいことをして稼ぐ」へ

経営者の中には、そもそも企業は雇用を増やして税金を収めていることが社会貢献だという人がいます。ですが、さすがにもうそういう時代ではなくなりました。そのような考え方であれば、社会や環境にどのような弊害を生み出しても利益さえ出して雇用を増やしていればよいということになってしまいます。
一方で、出した利益をもとに、企業が社会に「いいこと」をするという考え方があります。もちろん、これは最近になって始まった考え方ではありません。一時期はCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という言葉がよく使われました。

いろいろな企業のCSR活動紹介を見ると、利益の一部を使って、社会的に対して見返りを期待せずに貢献あるいは奉仕する活動を支援したり、事業へのリターンを考えることなく社員がボランティアに参加する費用を負担するというものが多かったように思います。つまり、「稼いだお金でいいことをする」ものです。

そしてCSRの活動費はは企業にとってコストと考えるため、業績が悪くなると廃止されます。CSR活動に注力したければしたいほど、収益性を高くするという力学から逆らえません。
そう考えると。これからの潮流は「稼いだお金でいいことをする」ではなく、「いいことをして稼ぐ」というマインドが必要なんだろうと思います。

ここで持続可能な成長という概念と共に現れたのが、CSV(Creating Shared Value)という考え方です。2006年にハーバードビジネスレビューに掲載されたのが始まりとされています。
「稼いだお金でいいことをする」ことと、「いいことをして稼ぐ」ことは、一見似たように聞こえますが、まったく違います。CSRの場合前述した通り、どこまで行っても一番大事な経営指標は利益額です。
一方で後者は、事業成長と同時に、企業がその事業を展開する地域と社会の経済的発展と社会的課題を前進させる企業経営をしよう、という考え方です。事業成長つまり利益の追求と同時に社会課題への配慮を追及し、その過程に目を向けた指標と言えるでしょう。

CSVはその方法論も提示されており、新しい社会課題をも解決しうる製品と市場の開拓、持続可能な生産のためのバリューチェーンの再構築、そしてその企業の事業が関与する地域の事業環境の改善(ビジネスがコミュニティと共にあるという前提に則っています)の3つとされています。

2つ目のバリューチェーンの再構築の部分と関連し後押しするのではないかと注目されているのがカーボンクレジット取引なんではないかと思います。10月に東証がカーボンクレジット市場を開設しています。古くは1997年に京都議定書にて定義されたクレジット取引にまで遡りますが、ここ近年、通常の企業の事業活動において生み出したCO2の量に応じて企業は責任をもたなければならない風潮が高まり、J-クレジット取引から今回の本格的な市場開設へのついに至りました。上場企業からこういったことは積極的に対応していく必要がでてくるのだろうと思います。

健康経営の取り組みも進み、社員のウェルビーイングの指標にも注目されるようになってきました。企業がいくら利益を出していても社員の幸福度が低い企業は果たして社会に貢献しているといえるのかということが問われてきいるのだろうと思います。企業ではありませんが、2023年1月に「富山県」は県民のウェルビーイングの指標化を発表し今後、県政のひとつの指標として追いかけていくことを発表しています。この流れが企業だけではなく、自治体にも広まる可能性はあるかもしれません。

そして、2023年3月から上場企業に人的資本を指標として開示する義務化がされました。これは、国内でも推進されている「サステナビリティ開示」の文脈からの動きです。昔から企業における資本は、ヒト・モノ・カネだと言われていましたが、「人財」と言われるように、社員こそが、企業における重要な資産です。どれだけ良い人を採用するか、どれだけ人を育てることができるか、そういった人財への投資を積極的にしていることは将来的に企業の収益に跳ね返ってきます。人という見えにくい資産を開示することで、その企業の未来の収益性をより明確にすることにもつながってきます。

そもそも、上場企業における株価とは未来に対する期待値ですので、人的資本を何らか指標化して開示することは、将来その企業がどれだけ成長するかを判断する上での情報として役立つという合理的、経済的理由があります。

ただ、人的資本を指標化する上で、将来的に経済価値に跳ね返ってきそうなことばかりをするのが果たしていいことでしょうか。

たとえば、その指標を社員のウェルビーイング度としたらどうでしょうか。社員のウェルビーイングが高いということは、仕事上におけるモチベーションや、その会社における退職率の低下につながるなど経済的な相関関係があるにはありますが、実際社員のウェルビーイングを高めるにあたっては、正直会社の枠を超えた取り組みが必要であり、もっと広範囲にわたります。

例を挙げると、社員にとっては家の近所に飲み友達がたくさんいるといった状況はウェルビーイングが高まることに繋がってきますが、そんな状況を促進することはプライベートなことなので本来企業がサポートすることはありません。ですが、社員全体のウェルビーイングを高めるという指標そのものを設定して、企業がコミットしたとき、そういったところまでサポートしようという動きが出てくるのだろうと思います。結局のところ企業は指標にそって動きますので、どういう指標を定めるかで打ち手が変わってきます。

本当に企業が社会に貢献する存在にしていくためには、必ずしも経済的価値で跳ね返ってこないような施策もせざるをえない指標設定が必要になる時代になるだろうと思います。

ちなみに僕らカヤックが提唱する地域資本主義は、地域をよりよくすることに企業がコミットしながら成長していくということを指しています。この企業が地域共に成長すること、それこそがいいことをして稼ぐための必然的な制約条件になるだろうという直感的な捉え方からきております。

「いいことをして稼ぐ」ためには従業員の役割も大きい

セールスフォース・ドットコム創業者マーク・ベニオフは著書『トレイルブレイザー』の中で、あるエピソードを紹介しています。
グーグルが国防総省と契約を結んだ時には、数千人の社員が声を上げて、AIとドローンの軍事利用に反対したというものです。

企業が「いいこと」をする。そのためには、当然ですが、経営者だけでは難しい。上場企業は法律を逸脱しないためのコンプライアンスに関しては年々強くはなっているものの、一方で資本主義の最たる担い手として年々効率よく稼ぐことを求めらている力学がダイレクトにプレッシャーとして感じるのも経営者だからです。脈々と引き継がれていく価値観の中で、利益が何より優先される体質に経営者はなってしまう。

だからこそ、企業が「いいこと」をするために、社員一人ひとりの力が重要です。つまり、会社が「いいこと」をして稼いでいるかどうか、社員一人ひとりが考えている。間違っていると思えば、経営層に向かって突き上げる。その力を企業が変わる原動力にする必要があります。
 
経営層を社員が突き上げるというと、労働組合を思い浮かべますが、賃上げや待遇改善といった労働条件の話ではなく、会社は「いいこと」をせよという大義のための突き上げです。これは面白いなと思います。

そもそも、その会社で働くこと自体、一種の意思表明でもあります。
「いいこと」をしていない会社は、就職先として選ばれなくなる。 ESGに取り組んでいない企業は投資コストが上がってしまうように、「いいこと」をしていない会社は、採用コストが上がってしまう。それがますます顕著になっていくのだろうと思います。

上場企業に勤める従業員の責任はとても大きい。この社長日記を読む方の中に上場企業に勤める方がいるのであれば、そのような自覚をもって、「いいこと」をする会社を増やしていって欲しいと思います。

今回の社長日記は以上です。

以上でいったん「上場について」の連載は終了です。お付き合いいただきありがとうございました。
当日記の無断転載は禁じられておりません。大歓迎です。(転載元URLの明記をお願いいたします)

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※ 2023年12月20日追記

この連載がKindle版(390円)で販売開始となりました!まとめてお読みになりたい方は、ぜひご覧ください!

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