廣瀬通孝名誉教授に聞く「面白いけど真面目」なVRとメタバース | 面白法人カヤック

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2022.11.04

#カヤックとメタバース No.3
廣瀬通孝名誉教授に聞く「面白いけど真面目」なVRとメタバース

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東京大学 先端科学技術研究センターの廣瀬通孝名誉教授は、日本におけるバーチャルリアリティ(VR)研究の第一人者。この領域に1980年代から携わり、今も精力的に研究を続けている。
VRやAR、そしてメタバースといった領域は、時代によって可能なことも受け止められ方も変わっている。これまではどのような経緯を辿ったのか? そして、将来はどのように変わっていくのだろうか?
カヤックのメタバース専門部隊を率いる天野清之が聞いた。

向かって左から天野、廣瀬通孝名誉教授

■VRとメタバースはどんな関係?

天野
今日お話を伺っている場所もVRの研究施設だそうですが、先生は主にどんな形で研究をされてきたのでしょうか? 改めて教えてください。
廣瀬教授
だいぶ昔からやっていますが、研究内容も時を経るごとに変わってきましたね。1980年代、まだ「VR前史」の頃は、3D CGが動くのが面白い、というレベル。そこから第一期のVRブームにつながっていきます。
90年代は、VR用のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の性能がまだ十分じゃなかったんです。だから、HMDに変わるものとして3Dプロジェクターを考えました。そこで開発したのが、部屋の五面に映像を投射する「CABIN」という施設。ちゃんと投射すると、そこが360°の立体空間に見えるんですよ。
2000年代に入るとコンテンツを開発しはじめました。その中には、愛知万博で展示に使おうと計画したものもあります。あとになって考えると、この頃はテクノロジーを編集しながら色々な用途に拡大していったんだな、と思います。
そこからさらに10年くらい経つと、また再びVRのブームが来ました。今度は「もうちょっとベーシックなところをやるべきじゃないか」と考えるようになったんです。
1990年代の「第一期」は、力づくでVRを実現していた時代です。要は、「何億円かけてでもやってやろう」ということ。力覚だって、ロボットアームを手につければ自由に発生させることはできる。「パトレイバー」に出てくる操縦装置みたいなバイラテラル制御で手に感覚を発生させるようなものです。そういうのは、絵的に見ると面白いんだけれど、コストなどを考えれば現実的ではない。ですが、心理学からアプローチすれば、錯覚を使って多くのことが実現できます。
たとえばナビに使うなら、「携帯電話を引っ張らせたらいいよね」とか思うじゃないですか。ただ大きい装置ではだめ。携帯電話の手元をゆっくり、先の方を速く振動させるだけで、引っ張られているように感じるんですよ。物理学の上に心理学のオブラートをかぶせると、より効果的に安い原理で可能になるんです。そういう、もうちょっと深い意味での「リアリティ」を大学の研究室でやっていました。

タブレット上で機能する触覚ディスプレイ「Yubi-Toko」 タブレット上で雪道を歩いているように感じさせるシステム。雪の深いところに来ると、画面の動きが遅くなる。指先は画面を滑っているだけだが、ザクッザクッというと音と雪の降る状況で、雪道の歩きにくさを感じることができる。

天野
私たちは向こう5年くらい目指して、国内のメタバースのようなものをちゃんと作りたいと思っています。今年中にはその片鱗を見せたいのですが……。そんな中、メタバースに関する色々な会議にも出席するタイミングもいただき、お手伝いもさせていただいています。一方で、どういうものがメタバースに合うのか、明確でないところもあります。
廣瀬
VRとメタバースの間には、ちょっと距離があるような気もしますね。VRは「目の前に置かれた物体と自分との関係」というところから生まれるようなところもあって。どちらかといえば、VRは「経済産業省」的な話題で、通信、すなわち「総務省」的話題じゃない。
天野
ああ、わかりますね、その感覚。
廣瀬
わたし元々機械工学出身で、目の前にプロダクトがあると嬉しいタイプ。DNA的にいえば経産省側ですね。
天野
カヤックが得意なのはインターフェースですね。あと、もう一つの得意分野は通信、すなわちコミュニケーションのところです。メタバースでいえば、インターフェースとその裏、ブロックチェーンの部分を手掛けたい。要は「表面と裏側」をできれば、と考えています。
廣瀬
メタバースは基本的にその部分ですね。 VRはCADなどの分野から始まったところがあるので、目の前にプロダクトがあり、そのさきにネットワークがあるのがメタバース。VRという言葉を作ったジャロン・ラニアーは、当時からメタバース的なことを考えてはおり、未来の電話の話をしてはいました。しかしながら、まず「3Dってすごいぜ」で始まったのがVRの人たちとはいえます。なので、考え方としては「自分の周りにバーチャルな空間」ができる。そういう意味では、自己中心的です。
初期のメタバースと言われる「Habitat」(注:1985年にルーカス・フィルムのゲーム部門が開発した最初期のコミュニケーション型ゲーム)がありましたが、あれは表示的には二次元的。3Dの空間性にはそれほど手をつけずにコミュニケーションを重視したシステムでしょう。そうした、コミュニケーション重視でサービスを作っていた人たちが、VRに入ってきているという流れもまた「メタバース」、と言えるかもしれません。

■世代と時代で「リモート」の受け止められ方も変わる

天野
我が家には5歳の子供がいて、本当になんでも躊躇せずに触る。デジタル機器もガンガン使うんです。よく言われることではありますが、この世代には「タッチパネルの思想」が染み付いているように見えます。直感的に使っていますね。
廣瀬
そういう部分は、もう言語は必要ないのでしょう。マニュアルなんて全然見ませんもんね。
天野
私の生活ですら、インターネットや情報と生活の間が、どんどん近づいている気がします。自宅での生活が主体のインターネットとの関係が緊密になってきて、そこが主体となって世の中が動く。そういう未来が来ると思っているんです。そうなってくるともはやSF的な妄想をしないと予測がつかない。
地球の状態を考えると、カーボンニュートラルにはVR・メタバースを活用するのが近道だと思うんです。ネット上の活動によって人の動きが減っていき、自宅に篭るようになれば、いっそカーボンニュートラルに近づくんじゃないかと。そもそも今後は、僕らが当たり前にできていることが難しくなる。例えば海外への移動も、価格が今の3倍・4倍になる可能性だってあるじゃないですか。

廣瀬
コロナとメタバース、無関係ではないですよね。もうちょっと使いやすいメタバースがあれば、このインタビューのために移動する、ということだってなかったかもしれない(笑)コロナ禍になる前、月に2回は京都にある研究所に行っていたんです。その日の稼働効率は30%以下くらいで、冷静に考えるとかなり時間をロスしていた。
天野
週5日会社に全員が出社する、というのはもう無理なんじゃないか、と思います。
廣瀬
不可逆な変化だと考えている人がいる一方で、もとに戻そうとしている人もいる。純粋に技術的なものから「気持ち」の問題も含めて、これからディスカッションが広範な領域で行われるのでしょう。大切なのは「理想的なライフスタイルをもう見てしまった」と感じている人が半分ぐらいいる、というところですかね。
天野
フィジカルなフィードバックは進化するだろうこともよくわかります。よりリアルな感覚を再現する方向に進化するのは間違いない。一方、10年スパンくらいで考えると、半分くらいは「体は動かなくていい」という人が増えてくるのも間違いないかな、と思うんです。
廣瀬
両方あるんでしょうね。例えば、我々の世代は時計について、「アナログで針があった方が残り時間が把握しやすい」と思うけれど、最近の若い子には「数字で残り時間が表示された方がいい」という人もいます。意外とはやく、両者の感覚がドッキングしてしまうのかもしれません。メタバースを使うと言っても、「自宅から出ない」タイプと、「ARメガネをかけて近所くらいはウロウロしたい」というタイプがいます。実は建築家の隈研吾さんとは同級生で、最近は一緒にメタバースの研究会をやっていたりするんです。隈さんは「少し歩きたい」タイプの人ですが。

東京大学キャンパス内にある隈研吾さんが建築されたダイワユビキタス学術研究館

天野
その辺は個人差も大きいでしょうね。ただ現状、テキストコミュニケーションが苦手な人には、リモートワークは難しい、と思います。
廣瀬
発言できないと、その人の存在自体が消えてしまいますからね。

■面白いけど真面目なメタバースのために

廣瀬
もともと遊び道具だったものが便利になって、遊びの範疇を超えて利用するようになっていく、ということは多いと思うんです。でも、変にちゃんと管理しようというスケベ根性を出すのが一番良くない。管理はつまらないものですよ。よくあることですが、人気のある深夜放送を、ゴールデンタイムに持ってくるとダメになるでしょう?
天野
やりたいことができなくなりますからね(笑)
廣瀬
メタバースもそういう意味だと、遊びが大切。本来の面白いところは残しつつ、管理的部分を入れようと欲を出すとめんどくさくなります。今のVRは遊び的な要素を持つものが多く、まだ実際の社会との関係が希薄な部分があります。ネットワークサービスやソーシャルVRなどはそうですが。VRはDNA的に、どこかそういう遊び中心の部分を持っているのかも仕入れません。セキュリティなどのまじめな議論をあまり前面に押し出してしまうと本来の長所を失ってしまうのでは、という気はしますね。

天野
VRの出始めは確かにエンターテイメント。いまもゲーム機的使い方が主流です。一方メタバースは、出発点からインターネットのようなインフラ。だから生態系みたいな意識もありますね。私は元々VRの人だけど、今、メタバースをやろうとしているところです(笑)
廣瀬
そういう意味では、メタバースの方が大人の議論なのかもしれない。VRの方がヤンチャで、おもしろ系。VRは西海岸系の文化ですから。インターネットはもともと国防から始まり、真面目なところまで成長してしまったので、メタバースはその影響が強い。
天野
そうですね。もしかしたら、遊びとインフラ、どちらの要素もあるとは思いますが。メタバースはエンタメが足りないし、VRじゃ真面目さが足りない、という見方もできます。
廣瀬
そこはバランスの問題ですかね。DNAは明らかに一緒な部分があるんですけれど。
天野
面白い方面でちゃんと作りつつ、面白いで終わらないようなものを作りたいとは思っているんですが。

廣瀬
メタバースのコミュニケーションツール化は始まっています。Second Lifeもそうだったじゃないですか。SNSでもLINEは、いまでこそ色々真面目な用途で使われていますが、もともと「友達関係」で使うもの。すなわち楽しみから入っています。そういう遊びから入って作られたサービスが、往々にして、最初から真面目に作ったものより使いやすかったりする。これは「真面目にやっている人はもっとちゃんとやれ」ということかもしれないですけれど。今は「産業系メタバース」として真面目なVRも出来始めていますが、やはりコミュニティ系のツール、「友達から始まる」のがいいんでしょうね、
天野
「面白い」要素は本当に、ちゃんと入れたいんです。真面目な人が面白いことをしようとしている、という時が本当に面白かったりするじゃないですか。「面白い人ふざけた人はいない」ともいいますし。
廣瀬
そうです。そうです。そこがポイントかもしれませんね。「喜劇俳優は年齢を経ると真面目になる」と言われますが、遊びから始まって、社会の方で受け入れられ方が変わっていくのかもしれない。
天野
過去に評価されたシステムを考えると、「Napster」も「Winny」もそうでしたし。
廣瀬
カヤックはどっちなんです?
天野
創業者3人は、たしかに変わった人だったかかも(笑) 今もユニークな人はいますよ。
廣瀬
そこが大事な点ですね(笑)

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