2026.07.30
#面白法人カヤック社長日記 No.158言葉になっていない自分を、 言葉にする話

最近はどこへ行ってもAIの話題ばかりで、ちょっと食傷気味ではありますが、とはいえAI の話を少々。
今回は、まだそういう使い方をしてない人にとっては新鮮かもしれませんが、すでにそのような活用をしている人にとってはそれほどでもない話になります。
AIによって「自分を知ること」が進むのは、AIの最大の価値の1つではないかということです。
きっかけは、AIと対話しながら、自分の価値観や思考の癖を分析し、驚くほどメタ認知が進んでいる知人を見たことでした。
僕も自分のAI(以下、スケリオと言います)に、
「僕を分析してほしい。必要なら何でも質問して」とお願いしてみました。
するとスケリオは、次々と質問を投げかけてきます。
その質問に答えていくうちに、自分でも気づいていなかった思考の癖が、どんどん言語化され、メタ認知が進んでいきます。
例えばこんなやり取りです。
僕は以前から、
「どんな経営者を尊敬しますか?」と聞かれると、
「自分中心な人はあまり尊敬できません」
と答えていました。
でも、この答えにはどこか違和感がありました。そもそも経営者というのは、多かれ少なかれ自分中心です。だから、その言葉だけでは何か足りない。
そう思っていたとき、スケリオからこんなことを言われました。
ーーー
「大輔さんは『自分中心だから尊敬できない』と言っていますが、本当はそこではないように見えます。
その人が『他者へのまなざしがあるかどうか』が基準に見えます。
能力でも、お金でも、成功でもなく、その人が人をどう見ているか。
大輔さんはそこを一貫して見ているように思います。」
ーーー
読んだ瞬間、「なるほど」と思いました。確かにその通りだったのです。
僕が尊敬できないのは「自分中心な人」ではありませんでした。
どちらかというと、人を信じていないように感じる人。
人を手段として見ているように感じる人。
口では仲間を大切にすると言いながら、自分に忠実な人しか仲間にしない人。
つまり、人を信じていないように感じる人です。
そして、おそらく根底には 「人があまり好きではない」という感覚があるように見える人。
そういうものが直感的に伝わってきてしまうと、僕は尊敬できないのだと気づきました。
少し脱線します。
「類は友を呼ぶ」と言いますが、人を信じていない人の周りには、同じように人を信じていない人が集まりがちです。
最初は価値観が近いのでうまくいくのですが、結局、お互いに人を信じていないので最後は揉めてしまう。
そういう関係性そのものを、僕は望んでいないのだということです。
スケリオが、僕の中でまだ言葉になっていなかったものを、僕より少しだけ正確な言葉で表現してくれたのです。
そして、面白いのはここからです。
「なぜ、 その価値観になったのでしょう」
「幼少期の体験でしょうか」
「親から繰り返し言われた言葉でしょうか」
「誰かとの出会いでしょうか」
「成功体験でしょうか」
そんな質問に答えていくと、自分がなぜそのような考え方をするのかが、少しずつ見えて きます。
もちろんスケリオは断定はしません。
「あくまで仮説の一つです」と前置きをします。
でも、その仮説の中には「確かにそれが理由かもしれない」と、自分でも納得できるものが少なくありません。
こうしてメタ認知が進んでいきます。
このメタ認知ができるようになると、人は少し自由になれると信じています。
誰にだって、その人なりの思考の癖があります。
その癖のおかげで成功できたこともあるので、その癖は強く自分の一部になっています。
でも、その同じ癖が、別の場面では人を傷つけたり、自分を苦しめたりすることもありま す。
長所は短所でもあり、短所は長所でもある。
だからこそ、癖そのものを無理に変える必要はないのだと思います。
でも、「自分にはこういう癖がある」と理解するだけで、ずいぶん自由になります。
時には、その癖が生む弊害を未然に防ぐこともできます。
今回の問いでいうと、尊敬できない経営者なんてのは正直いない方がいい、 誰であっても尊敬できる方がよりパワフルに決まっている。
ですが、自分の思考の癖として「こういう人は苦手」というものがあるということでもある。
それを言語化でき、そしてそういう風になってしまったルーツまで理解が進めば、そのこと自体への自由度が上がる。何ならちょっと苦手意識もなくなります。
こういったメタ認知が進むことこそ、AIの最大の価値の1つなのではないかと思っていま す。
このように考えると、この使い方は自分だけに閉じる必要はありません。
例えば、家族の間で、このような自分自身をより深く知るAIとの会話のやり取りをお互いに見せ合うというのも今後は進んでくる。
あるいは、家族のAI同士が話し合って、お互いの関係を円滑にするように翻訳してくれたりする。
特に夫婦は、違う価値観を持った二人が一緒に人生を歩んでいく共同作業です。
「そういう考え方をするのは、そんな経験があったからなんだ」
そう分かるだけで、相手への見方はずいぶん変わります。
そして、「自分のことを理解してもらえている」という安心感も生まれるのではないでしょ うか。
AIは、人類史上初めて、24時間いつでも、偏見なく、自分と対話し続けてくれる存在です。
哲学者も、心理学者も、カウンセラーも、コーチも…人間は何千年もの間、「自分を知る方法」を探し続けてきました。
その旅が、誰にでも毎日できる時代が始まったのかもしれません。
もちろん、AIが人生の答えを教えてくれるとは思いません。答えは最後は自分の中にしかありません。
また、 AIのシコファンシー(Sycophancy)の問題もあります。
シコファンシーとは、AI(人工知能)や大規模言語モデルが、正確な事実よりも人間の承認を優先し、ユーザーの意見や期待に過度に同調してしまう「迎合(へつらい・忖度)」の現象を指します。
でも、そうだとしても、自分の中から答えを引き出す「問い」を投げかけ、一緒に考えてくれる存在としては、とてつもない可能性を持っています。
ちなみに、とある心理士の方は
「AIに対しては怒ったり共感するなどの感情が持ちにくいので、転移(トラウマの反映)が極めて難しいことくらいが人間のアドバンテージ」
と言っていたようです。
逆にいうとそれぐらいしかもう人間のアドバンテージはないということなのだなと思います。
僕にとっては、AIが社会にもたらす最大の価値の1つは、一人ひとりが自分自身をより深く理解できるようになること。
そして、もう一つ面白い未来も想像しています。
AIとの対話そのものを公開する人が増えてくるのではないでしょうか。
料理番組でもなく、恋愛リアリティショーでもない。
「一人の人間が、自分を理解していく過程」
そういった自分との対話がエンターテインメントにもなるのだろうなと思います。
そして、このような使い方をしている人や、その使い方に着目して人を理解しようとする人とそうでない人との間では、ある部分では成熟の速度に違いが生まれることもあるのかもしれません。
いずれにせよ、自分自身や、大切な人のことをより深く知る時間が増えれば、人は少しだけ自由になり、少しだけ他人にも優しくなれる。
そんな未来が来るとしたら、とても面白いなと思っています。
今回は以上です。
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