ソニー・ミュージックエンタテインメント橋本真司氏に聞く、ゲーム業界から見たメタバースの可能性 | 面白法人カヤック

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2022.12.06

ソニー・ミュージックエンタテインメント橋本真司氏に聞く、ゲーム業界から見たメタバースの可能性

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橋本真司氏は、40年以上のキャリアを持つゲーム界のレジェンドだ。
大学卒業後にバンダイ(現バンダイナムコグループ)に入社、ファミコンブームの時代には「橋本名人」としてゲーム・プロモーションの最前線に立ち、その後ゲーム開発会社「コブラチーム」を設立、その後、スクウェア(現スクウェア・エニックス)に合流し、「ファイナル・ファンタジー」「キングダムハーツ」シリーズをはじめとする多くの作品をプロデュースした。2021年まではファイナルファンタジーシリーズのブランドマネージャーも担当。2022年にスクウェア・エニックスを定年退職、同年より、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)シニアアドバイザーに就任し、SME子会社で主にスマートフォンゲームを手掛けるフォワードワークスの取締役会長に就任した。
日本のゲーム界を「運営」「販売」「プロデュース」といった側面から見てきた第一人者である橋本氏に、カヤックのメタバース部門を率いる天野清之が、「長く続くゲームとメタバース」を軸に聞いた。

■メタバースやNFTをどう見るか

天野
スクウェア・エニックス(スクエニ)は、非常に利用者の多いMMO(大規模多人数型)ゲームを長く運営されていますよね。IT業界からの目線でいうと、メタバースはグラフィック表示に関わる部分が、MMO型RPGに近いところがあります。あのような、同時接続・分散が必要となるサービスの経験は、我々にもあまりありません。とにかくサーバーが難しい、と考えています。
橋本
底なし沼です(笑)。
大作MMO型RPGを開発運営するのであれば、まずは会社の質を変えた方がいいでしょう。オンラインサービスは、24時間・365日稼働できないと意味がありません。それをやるには、そうした運営に足るエンジニアが必要になります。だから会社の質を変えないといけない。正直に言えば、これから新規にMMOを運営含めてて開発する場合、自社サーバーでの運用は、コストがかかるのでお勧めはしません。とはいえ、大手外部サーバー会社などで運営しても大変ではありますが。
天野
メタバースや、そこに関連するNFTのような流れはどう見ていらっしゃいますか?

橋本
実感として「どうビジネスを成立させるのかな」という部分はありますね。エンタメの経験がない会社には向かないかもな……とも思います。いわゆる大型のMMOやMO(多人数型)ネットワークゲームのように開発し、同じように毎月課金やアイテム課金、という形なら、問題はないですが。そうでないサービスを目指すなら、企業としての質は変えないといけません。勝ち負けがはっきりするeスポーツ系の展開なら問題ないかもしれませんね。
「夢も冒険もお金次第」という構造は、いわゆるRPGと違うもので、ソーシャルゲームに近い。また、eスポーツと同じように射倖心を煽る部分もあります。NFTでB2C向けのビジネス、というやり方は、一つの市場になるかもしれません。 ただ、会社の質をどこまで変えるかが問題です。NFTや課金アイテムで儲けるには、有能なアーティストにデータを作ってもらう必要がありますが、有能な人をあまりそちらに回すと、「魅力あるゲームを作る」という、日常の仕事が滞ってしまう可能性もあります。アーティストである彼らが、ゲーム作りより「NFTで評価が得られる」方が楽しくなってしまうと、少し怖いですね(笑)
天野
NFTについては、税制を中心とした法整備の問題もあります。日本国内ではまだ時間がかかりそうですね。

■大きな収益には相応しい体制も必須

天野
メタバースという意味では、先ほども述べたように、技術の問題もあります。僕たちの中でもずっと課題にはなっているのですが、ゲーム的なコミュニケーションについての知識が足りない部分も多くて。
橋本
みんながネット上に小さな村を作っても、それで儲かるわけではないですからね。私から見れば、コンテンツが全然足りないです。これは量と質、両方が重要になります。もうスクウェア・エニックスを卒業した人間ですので、FFでいくら収益が上がっていたか、数字の話はしません。ただ一般論としてワールドワイドで成功したMMOのサービスは、一度軌道に乗せたら、365日まわりながら莫大な収益が得ます。もちろんそこには、飽きさせないノウハウが必要になります。
天野
それはどういうことでしょうか?
橋本
私も、初期のMMO RPGである「Ever Quest」は1年くらい、恥ずかしくなるくらいプレイしました。一時は、8時に出社してからずっと、トイレに行くのも食事に行くのももったいない、と感じるくらいに(苦笑)。ある日会社に工事が入り、外部サーバーが遮断されることになって、我にかえって止められたのですが、同じようにプレイしていた社員の中には、ずっとあちらの世界にログインしっぱなしで、リアル世界に「帰ってこなくなった」人もいます。ネットワークの向こうで連絡がつくんですよね。 ですから、「バーチャルワールドの方を自分だと思いたい」という気持ちもよくわかります。自分で体感したことだから、これからのゲーム市場は大きくネットワーク活かした産業になると確信しました。
最初にMMO型RPGを営業した時には、「プレイヤー数100万人」を目標にしていました。当時のPCにおけるネットワークゲームのプレイヤー数は「2万人」と言われていた時代です。そこで100万、というのはかなり大胆な数字です。
天野
2万というと、今のメタバースと同じようなアクセス数ですね。
橋本
そこで開発に、大規模な投資をしていきました。だから成功し、ビジネスが軌道に乗ったんです。それはどんな企業でもできることではない。
天野
開発するために必要な額が大きい、ということですか。
橋本
大型予算をかけないと、それだけの大作を支えるスタッフの体制を作れない。でも、正確に言えば、大型予算だけあっても良質なMMOはできないんです。重要なのは何を目指すべきか、です。クリエイターはわがままなものです。漫画なら一人でも完成しますが、ゲームは一人では完成しない。今のAAA級のゲームなら、300から400人は必要になります。なにをしたいのか、それが見えないと迷走します。整理できれば数十億円でもできるでしょう。
天野
なるほど。不完全な体制では費用をかけても良いものはできない、ということですね。
橋本
それでも、最初のうち数年はずっと赤字でしたよ。
天野
やっぱり最初はお金がかかるんですね。
橋本
それだけ仕組みを作ることにお金がかかる、ということです。ベンチャーでは難しい、というのはそういうことですね。

■価値あるコミュニティを作ることが重要

橋本
ゲームビジネスの構造もずいぶん変わってきています。ソーシャルゲームでは満足できない、でもAAAの大作ゲームは作るのに時間がかかるので、すぐには出ない。そこに現在は「インディーズゲーム」がある。新しいものを作りたい人はそちらに向かっています。一方で、大手の過去から続くレーベルには「ユーザーから求められるもの」もあるので、作りにくいゲームもある。だから、セカンドレーベルを展開する例も出てきました。 先ほども説明したように、ゲーム開発をして、それが大きな収益を得るIPに育つには10年かかります。もちろん例外もあります。ただ、一般の企業は違う考え方を持っている場合が多いのですが、そこは皆さんの考え方を変えないといけない部分です。
天野
やはり時間がかかるんですね。メタバースの場合も、方法論として色々ありますが、どれもやっていい、とは考えています。強いIPを作ることも同様です。ただ、カヤック単体ですべての部分をつくるのは無理なので、協力会社と組んで、いろいろ進めているところです。
橋本
色々な方々からのご相談には「会社の質を変えないと大変ですよ」とだけはお話ししています。「どう儲ければいいですか」とも聞かれますが、そこは「考えてください」と。収支を実際に見るのはそれぞれの企業の皆さんですしね。カヤックとしてはどのような方向を目指されているのですか?
天野
まだ詳細をお伝えできないのですが、作りたいものは明確にあります。それは自社でコンテンツを作ろうとするよりは、UGCの仕組みです。すでにインフラの仕組みと企画はできているのですが。ビジョンとしては、よりインターネット、コミュニケーションの部分に重きを置いたものです。 一人のクリエイターとして、40代でいろいろできるようになってきました。「今なにができるか」ということと、20代の時にやりたかったことは、同じベクトルにはあるんですが、ズレる時も同じようにあります。今はそこで自分が作りたいものを作れるチャンスが来ているので、モノにしたいとは思っています。
橋本
今が一番楽しい時じゃないですか。
天野
サービスを1度見たら終わり、になってはいけない、と思います。作った場所が過疎化しない、もう一度ユーザーに帰ってきてもらうようにするには、どうすべきだと思いますか?
橋本
話はシンプルですよ。コミュニティの価値です。いくら老舗のラーメン屋でも、「もう一度行きたい」と思わないと繁盛しませんし、ホテルにしても、ホスピタリティなどのメリットがないと行かない。なにが魅力なのか? 「もう一回行きたいですか?」と聞かれて答えられるかどうか? それが重要です。なんでもいいんですが、お金をいただく以上、メリットが: あるかどうか。ホテルでもラーメン屋でも、サービスでも同じです。企業が大きくなってなにかが失われるとすれば、そういうユーザー目線でのメリットに対する考え方です。あくまでユーザードリブンであることと、経済力学として経営が成り立つかどうかのバランスをとる必要があります。でも難しいことではないですよ。
「もう一度来たいですか」「もう一度体験したいですか」。なんのためにやるのか? そこでの利益はいくらになるのか? ちゃんと収支を見た方がいい。それはゲームもサービスも一緒です。

天野
カヤックの経営理念に「つくる人を増やす」ということがあるんです。
以前は「wonderfl build flash online」という、Flashクリエイターのコミュニティも運営していました。そこには数十万人のFlashクリエイターが集まり、ソースコードをシェアし合っていたんです。 「T-SELECT」という、好きに描いた絵をTシャツにして、販売する仕組みもやっていたこともありますし、十二、三年: 前には「こえ部」という音声SNSをやっていたこともあります。私は独学でプログラマーになり、そういう部分に影響を受けてカヤックに入社したので、「作るための方法」をメタバースに組み込みたいんです。 今は「承認欲求」がセットになる時代なので、YouTubeなどが持っている構造はうまく生かして、作り手同士のコミュニケーションを活性化したいです。また時代のニーズとして、作ったコンシューマーにお金が落ちる仕組みがないと厳しい部分もありそうです。でもなにより、ピュアに「楽しいから」「作りたいから」入る場所にはしたい、と考えています。

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