なぜいま地域通貨なのか? 宮田裕章教授が語るDXが実現するウェルビーイング | 面白法人カヤック

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2021.11.08

なぜいま地域通貨なのか? 宮田裕章教授が語るDXが実現するウェルビーイング

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2021年9月に開催された「地域通貨サミット」。慶応義塾大学の宮田裕章教授による基調講演「自治体のDXと地域通貨 〜多元化する地域経済圏の新しいお金を考えよう〜」レポートをお届けします。

宮田
「この10年間でスマホに次ぐ発明は?」と先日聞かれて、デジタル通貨と答えました。おそらく社会を変える存在になるだろうと。

アルビン・トフラーは1980年、人類は農業革命、産業革命という大きな変革を経て、第三の波である情報革命に直面していると書いています。いま社会は大きな転換点にあります。情報革命の最終局面では、人と人、人とコミュニティ、さらには社会や国のあり方そのものが大きく変わるはずです。

変化の大きな軸は、ひとつは決済のあり方です。これまでの地域通貨は、たくさんのチャレンジがありながらも、主流にはならなかった。では、なぜ今なのか。大きな背景要因の変化は、デジタル通貨の出現です。

2019年にはスウェーデン国立銀行が「eクローナ」の実験計画を、2020年には中国が「デジタル人民元」の発行を打ち出しました。EUも5年以内にデジタルユーロをつくらなければデジタル人民元に淘汰されてしまうという予測レポートもあります。

いわゆるデジタル通貨ではありませんが、デジタルによって貨幣以外の価値の可能性を示しているのが中国アリババ傘下のアント・ファイナンシャルが運営する社会信用スコアです。たとえば公共料金の支払状況をスコア化することによって、貸倒リスクを10分の1まで減らせる。それは金融機関として圧倒的な競争優位性になります。

中国では富の格差が顕著で、貧しい家庭に生まれた人は高等教育を受けるハードルが高く、高校を出て何年も働いて学費を稼がなければなりませんでした。しかし社会信用スコアが高ければ、たとえば貧しい家庭でも、大学進学時に無担保で教育資金を借りられるようになる。ダイバーシティ & インクルージョン(D&I)にも大きな可能性をもたらします。

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「最大多数」の最大幸福から「最大多様」の最大幸福へ

産業のあり方も大きく変化しています。これまではユーザーの平均値を算出して、最大公約数の商品やサービスを提供する一方、いろいろなものが削ぎ落とされてきました。しかしデータを使うことによって、一人一人の嗜好や価値観を把握でき、D&Iを実現できるようになります。

政治家も中間層の支持を得るために、いわゆる平均的な家庭を想定して支援してきました。その結果、平均な家庭にはそれなりに優しい国になりましたが、そこからこぼれ落ちると大変なことになる。

いまシングルマザーの貧困対策プロジェクトに取り組んでいます。日本では多くの場合、離婚すると女性が子供を扶養していますが、その内6割がいわゆる非正規雇用です。福利厚生が十分でない中、働きながら育児の時間を捻出するのは大変なことですし、持病でもあれば難易度は格段に上がります。「生活保護があるだろう」という人たちもいますが、貧困に直面してから支援を始めても厳しい。

厚生労働省は2023年度中に企業健診データをマイナンバーと紐付けしようとしていますが、たとえば出生体重に基づいた成長曲線を見て、子どもの体重が著しく伸び悩んでいれば、貧困や虐待に遭っている可能性があるから、早い段階から支援する。そんなことも可能になるかもしれません。

これまでの社会は、いわば「最大多数」の最大幸福を追求してきました。けれどもデータ活用によって「最大多様」の最大幸福を追求することが可能になりつつあります。「最大多様」を追求する時、一元的な法定通貨だけでなく、地域で生きる人たちに寄り添いながら多様性を実現するためのお金。それが地域通貨の役割であるはずです。

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これまで地域通貨がうまくいかなかった要因の多くは、法定通貨と連動し過ぎてしまったことではないでしょうか。新しい資本主義を目指して始めたはずなのに、単なるポイントカードになって、貨幣経済に取り込まれてしまったという話をよく聞きます。DXがもたらすもうひとつの大きな可能性は、データが「共有できる価値」ということです。

もはや経済合理性だけでは社会が回らない

産業革命以降の経済を駆動していた石油や石炭は、使うとなくなる消費財でしたから、いかに排他的に所有するかが重要でした。所有権を奪い合って競争することが資本主義であり、勝敗を競うことこそ社会だと我々は長く考えてきたわけです。ところがデータは同時使用もできればコピーも簡単、つまり共有できる。

たとえば患者さん1万人のデータがあり、1人のデータをそこに足すことで、より分析が進み、恩恵を受ける人が増える。先ほどの社会信用スコアもそうですし、新型コロナのワクチン開発がわずか9カ月でできたのも、データの共有があったからです。

とはいえ、これまでは富もデータも独占するやり方が主流でした。たとえばアルコール依存症の人のデータを持つ企業は、自社で独占して販売した方が短期的には儲かります。ただ長期的には課題がある。シリコンバレーや中国のテクノロジー企業も、データを独占することで急激に成長してきましたが、今後は、データを活用してボトムアップで新しいコミュニティをつくる。そこに未来の可能性があると考えています。

国も同じです。権力者がデータを独占してトップダウンで物事を決めるのは、単一の価値観を実行するには強力なパワーを持ちますが、多様な価値観を持つ人々が豊かに生きる社会を整備するには困難です。共有を前提にしつつ、多様かつ多元的な価値をどう実現していくのか。未来社会では、それが重要になります。

もはや経済合理性だけでは社会が回らない。多くの人がそれに気づき始めたことが新型コロナ以降の大きな転換点です。

ドイツのメルケル首相は「1人が1.3人にうつせばドイツの医療は2カ月後に崩壊するけれども、1を切れば未来は拓ける」と言いましたが、一人ひとりが何を食べて、どこで過ごして、どう遊び、どういう仕事をするのか、社会全体に影響を与え合っています。これまでは、その影響が可視化できなかったので、意識されることもなければ力になることもありませんでした。けれどもいま、すべてのつながりがデータによって可視化されようとしています。

たとえば食事ひとつとっても、必要な栄養素を摂るという健康の側面もあれば、文化的な側面もあります。地産地消の物を食べれば地域経済に貢献できるし、フードロスを出せば環境破壊につながる。食べるというアクションひとつから多様なつながりが生まれ、誰を豊かにしてどんな未来を創るのかが見える。

新しいデジタル通貨は、これまでの法定通貨のように所有物の単なる交換手段というだけでなく、豊かさをデザインするツールとして進化していくだろうと思います。これまでは「お金より大事なものがある」と言っても、可視化できないので共有・交換しづらかった。けれどもデジタルの力で、それが可能になろうとしています。

たとえばゴミをきちんと捨てたり、炭素を排出しない行動を取ることでポイントがもらえて、それを貯めると子どもたちをいい学校に入れられるとしたらどうでしょう。従来のお金を超える価値がデータによって集積することで、新たな価値軸が生まれます。

これが一元的な価値観のもとに行われると恐怖のディストピアですが、いくつもの地域通貨があって、それぞれの地域やコミュニティごとに多元的な価値観をつくっていくことで、多様性ある社会を生み出すことができる。地域通貨は、経済のあり方を変えるだけではなく、人と人、人と世界をつなぎ、未来社会をつくる上で非常に重要な存在になってくるのではないかと思います。

アメリカ型、中国型ーーDX社会で日本が取るべき第三の道

柳澤
ありがとうございます。通貨がデジタル化することで今後どのような未来が待っているか、これまでの法定通貨ががデジタル化することでもたらされるもの、そして地域通貨だからこそできることがよくわかります。

通貨のデジタル化によって、お金の動きがこれまで以上に可視化できるので、さまざまな可能性が生まれる。地球や社会に優しい方向に個人の行動を促すこともできる一方で、社会信用スコアを一企業が独占するようなことがあれば、結局データを持つ企業が競争優位を持つだけで、格差が拡大する可能性すら出てくる。金融資本主義の次はデータ資本主義だと言われますが、富の格差は拡大する一方ということになりかねません。

でも宮田さんの話を伺っていると、一企業がデータを独占するのではなく、共有財とすることで、より良い社会を実現できると。未来が明るく見えます。

宮田
データホルダーが強大な力を持つことはたしかですが、アメリカ・中国の対応方針は大きく分かれています。それはアリババとアマゾンの株価を見ても明らかです。

中国政府はメガテック企業の成長にブレーキをかけつつありますが、アメリカは独禁法を持ち出しつつも、GAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)をはじめとするメガテック企業の拡大を止められませんし、本気で止めようともしていない。データ社会が進化していく方向が明確に分かれつつあります。

柳澤
面白いですね。中国のように国がストッパーをかけるのと、アメリカのように一社の寡占化を放置するのでは、どちらが格差は広がるのでしょう?

宮田
それは、これから歴史が証明することになります(笑)。

日本の失われた30年間は、平等を重視するあまり足を引っ張り合って何も生み出さなかった面もあります。一方で、GAFAとマイクロソフトやネットフリックスなど、いわゆるテック・ジャイアント9社を抜くと、アメリカの経済成長率は日本とほぼ同じです。つまり、たった9社だけでアメリカ全体の経済成長を牽引している。ですから、こうした企業の寡占化がもたらす影響を踏まえた設計思想があるのだろうと思います。

柳澤
圧倒的な富とデータを持つ9社が、仮に収益のためだけではなく、社会をより良くするために人の行動変容を促したなら、すごいインパクトがありそうです。

企業ではなく国、たとえば中国政府がデジタル人民元を通じてSDGsを実現するぞーと号令をかけたら、どの国よりも国民全員がSDGs達成に向けて邁進するようになる。そんな可能性はあるのでしょうか。

宮田
あり得ると思います。たとえば儒教では仁義礼智信の5つの徳がありますが、こんな使い方をすると仁ポイントが貯まる、あるいは礼ポイントがもらえるというように、これまでのお金のように一元的ではないサステナビリティやD&Iといった多元的な価値観を反映した社会秩序をデジタル人民元の中で設計していく。

ただ、やはり共産党一党独裁の牙城は崩せませんし、それがパワーの源泉でもあります。トップダウン型のシステムは、多様な豊かさとは相対するもので、そこに引っかかりを感じる人たちは一定割合います。

その時、日本がつくっていくのは、シリコンバレーとも中国とも違う、多様なコミュニティを多元的につなぎながら、新しい豊かさを共創し共有していく社会だと思います。多元的な価値観が共存する社会の中で、それぞれのコミュニティのあるべき姿や魅力を見出し、つながりをデザインするツールは、やはり地域通貨になっていくのではないでしょうか。

たとえば子どもたちにボランティアでサッカーを教えている人が地元プロチームの練習試合に参加できて、習得した技術を地域に再還元できたり。地元の美術館や史跡でボランティアのガイドなどを通じて地域文化に貢献した人が地元の文化に触れられる特典を得られたり。鎌倉でいえば、地域に貢献した人だけが旧小津安二郎邸に入れる日があってほしい(笑)。すごくクールな場所ですよね。

それは勝手な願望ですが、多様なコミュニティがより自律的に発展するためのつながりをデザインできるツールとして、地域通貨は発展できますし、それはトップダウン型とは違った新しい価値を生み出すことができると思います。

デジタル通貨が普及する中で日本は優位性を持ち得るか

柳澤
なるほど、面白いです。宮田さんのおかげで発想が本当に広がりました。地域通貨の価値を改めて再定義できそうです。ありがとうございます。

最後の質問ですが、この地域通貨も含めた、デジタル通貨において、日本が世界に優位性や独自性を持つために、どのようなことができるでしょうか。

宮田
世界ではデジタルが浸透しつつあります。加えて世界が対話する基礎となる価値観、これが大きく変わりました。少し前までは経済成長・国際協調が謳われていましたが、2年ほど前から大きく変わりましたよね。今回のG7でもSDGs、さらにその先にある持続可能性とD&Iに向けて各国の協調が議論されています。

カーボンニュートラルの議論もそうです。日本企業は、雇用が失われる、あるいは地域コミュニティの価値が毀損されるのではないかと疑問を呈しました。実際、カーボンニュートラルは海外企業がグリーンエコノミーで利益を上げるためにつくられたイデオロギーであるとも言えます。ただ、そのルールが世界標準になってから一企業の論理で反抗しても意味がない。より魅力的な未来のデザインを示していかない限り、日本の優位性、独自性というものは持てません。

つまり、この問いに答えるのであれば、デジタル通貨を強くするというよりも、世界の国々が共感できる領域横断的な新しい未来のビジョンを持つことだと思います。

教育や医療、貧困問題の解決など、世界中にさまざまなアジェンダがあります。無数のアジェンダからどれを優先して、どのような未来を創るのか。未来社会のデザインを描いた上で、その手段として、どのような目標を設定するのか、どのようなコミュニティを形成するのかということです。

たとえば国が「食べ物を残すな」とトップダウンでインセンティブを設定する方法もありますが、美味しく無駄を出さずに食べる文化を提唱する方法もあるはずです。それは、みんなで食べるときの楽しさかもしれないし、独居高齢者や施設にいる高齢者が豊かなつながりを感じながら食べられる方法もあるかもしれません。

あるいは食のサステナビリティ。仮に世界人口がアメリカと同じ食生活をすると、地球5個分の自然資源が必要という試算があります。肉食中心なので環境負荷が高い。しかし日本の伝統的な食文化を取り入れたり、地産地消を進めることで、環境負荷を抑えることができる。食のサステナビリティを軸に、日本の食文化を打ち出していく戦略も有効だと思います。

みんながつながりを感じたり、地域をよくするための取組を増やしていく。そんな新しい豊かさをデザインすることが地域通貨の原点であり、優位性にもなり得ると思います。

DXが最終的に実現する未来とは

宮田
DXが進化する最終局面は、領域を超えた新しい未来の創出です。アップルはアップルウォッチで収集したデータでヘルスケア領域に、さらにアップルカーを投入して自動車領域にも参入しています。中国は社会信用スコアが保険会社の新しいビジネスを生み出して、次はデジタル通貨に進出するのではないでしょうか。テスラはEV開発に注力していますが、イーロン・マスクがその先に見ているのは持続可能な未来をつくる基軸が新エネルギーです。

これは私の仮説ですが、地産地消したエネルギーを地域と企業で共有できれば炭素排出の抑制につながりますし、もし完全自動運転に移行したなら、森を伐採して町の中心地に駐車場をつくる必要もなく、森の真ん中に町がある、そんな住まいのあり方が当たり前になります。

自動運転になれば運転する必要がありませんから、車の中でエクササイズしたり、あるいはみんなで景色を楽しみながら会食する時間になるかもしれない。そうすれば、まとまった乗車時間を取れる場所に住まいをつくる方が豊かな生活になるかもしれない。これまでのように駅の近くが地価が高いといった価値観も変わっていきます。

地域通貨に限らず、デジタルを通じて領域を超えたイノベーションが生まれた時、価値そのものが大きく変わっていく。その時、お金を回す効率性だけでなく、たとえば豊かな自然、アートやスポーツを楽しみたいといった多様な価値観がかたちになっていく。それぞれの豊かさを皆が感じながら、それをどう共創して高めていくのかという時、地域において人と人、人と世界をつなげる力、そのベースになるのが地域通貨なのかもしれない。そう考えています。

宮田 裕章氏
慶応義塾大学教授

1978 年生まれ 慶応義塾大学 医学部教授
2003 年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士
課程修了。同分野保健学博士(論文)
早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科 医
療品質評価学講座助教を経て、2009 年 4 月東京大学大学院医学
系研究科医療品質評価学講座 准教授、2014 年 4 月同教授
(2015 年 5 月より非常勤) 、2015 年 5 月より慶應義塾大学
医学部医療政策・管理学教室 教授、2020 年 12 月より大阪大学
医学部 招へい教授

【社会的活動】
2025 日本万国博覧会テーマ事業プロデューサー
うめきた 2 期アドバイザー
厚生労働省 保健医療 2035 策定懇談会構成員、
厚生労働省 データヘルス改革推進本部アドバイザリーボードメンバー
新潟県 健康情報管理監
神奈川県 Value Co-Creation Officer
国際文化会館 理事
The Commons Project 評議員、日本代表
会津若松市スーパーシティ構想アドバイザー

専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation

データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。専門医制度と連携し 5000 病院が参加するNational Clinical Database、LINE と厚労省の新型コロナ全国調査など、医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、経団連や世界経済フォーラムと連携して新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの 1 つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。

地域通貨サミット 第1部 基調講演「“自治体のDXと地域通貨”〜多元化する地域経済圏の新しいお金を考えよう〜」より収録
(役職は開催日現在)

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