2023.08.31
#面白法人カヤック社長日記 No.122上場企業の「株価」との向き合い方【 面白法人が考える上場の話#07 】
2023年、この社長日記で連続して書いてきた「上場」というテーマ。
上半期の6ヶ月は、上場する前に考えておきたいトピックについて、そして下半期の7月からは上場後に考えたいトピックについて書いてきました。7月以降は上場をこれから考える起業家だけではなく、上場企業に勤めている方や、その関係者の方にも読んでもらえたらと思っています。
参考「2023年の社長日記の決意。 ひとつのテーマで12ヶ月続けます。」
8月のテーマは、上場企業にとって避けては通ることができない「株価」です。
株価はどう決まるのか
上場すると、株式市場の中で刻々と自社の値が変化するようになります。つまり、いやおうなく自社の株価に向き合うことになります。
では、その株価はどのように決まるのでしょうか。
株価を算定するには、さまざまな方法があります。帳簿上の純資産を基準にしたもの、収益やFCF(フリーキャッシュフロー)を基準にしたもの、株主が受け取る配当金を基準にしたもの、あるいはすでに上場している類似業種の株価を基準にしたものなどです。
ただ上場企業の場合、こうした算出方法だけで株価が決まっているわけではありません。予想される収益やFCFが変わらなくても、株価はさまざまな思惑によって刻々と動いていきます。
株式市場のことを、経済学者のジョン・メイナード・ケインズはかつて投資を「美人投票」のようなものと表現しました。その意味するところの美人投票とは、「100枚の写真の中から最も美人だと思う人に投票してもらい、最も投票が多かった人に投票した人達に賞品を与える新聞投票」(Wikipediaより抜粋)ということで、それはつまり、本当に美を選ぶのではなく、周囲の考えや基準も考慮して選ぶということです。
美の基準は人それぞれですし、さらにこの人がいいなと思っていても、別の人が人気だとわかれば、そちらに票を投じたりもする。株式市場も同じようなものだとケインズは言っています。つまり、最高益を記録したり、増配を発表したからといって、必ずしも株価が上がるとも限らないのです。
ただ、投資基準の根本にあるのは、その会社が将来どのくらい「稼ぐ力」があるのかという期待値です。
「稼ぐ力」を見極める時に参考したい指標は次のようなものがあります。
・過去の売上や利益
・事業内容とその市場規模
・成長戦略
・競合他社と比較したときの優位性
・事業計画
・どのような人材がいるか
・マネジメント力はどうか
・将来にどのような投資しているか
・有形資産の有無
・ブランド等無形資産の有無
こうしたものすべてが加算され、「稼ぐ力」が数値化され、株価を形成します。株式を上場するということは、会社という存在を徹底的に数値化することでもあります。
つまり、株式を上場するということは「これだけ将来成長します」という稼ぐ力を描いて、値付けをしてもらうということです。
株価は未来の期待値に対してつくもの
上場すると意識せざるをえない指標の1つにPERがあります。
PER(Price Earnings Ratio:株価収益率)とは、時価総額(株価)を当期純利益で割った数字で、株式投資の際、この数字を見る人も多いかと思います。その企業が将来どれだけ成長するか、投資家による期待値がPERです。
つまり当期純利益が同じでも、時価総額が変わるのは、PERの差ということになります。
当期純利益が10億でPERが10なら、時価総額が100億。当期純利益が5億でもPERが30なら時価総額が150億となるわけです。
よって上場企業の経営者は、PERを高めて時価総額を上げようと注力することになります。
時価総額とは、その会社の未来に対する値付けです。つまりPERが高いというのは将来価値が高いということを意味します。
高いPERを維持するためには、市場から常に将来を期待されている状態を続ける必要があります。逆に言うと期待以上の成長をしないと、すぐにPERは下がります。業績は上がっているのに株価が上がらないという状況はよくありますが、それは期待以下の業績成長なのでPERが下がっていると推測できます。さらにPERが下がってくると株価も連動して下がりますので、いくら業績をあげても株価が上がらないという悪循環に入ります。
一般的には、上場したタイミングは期待値が高い事が多いものです。そのため上場直後の株価をその後なかなか超えられないという企業は決して少なくありません。株価が上がり続けている企業というのは市場の期待を常に超えてきているとも言えます。
では株価が高い、すなわちPERが高いと、どういうメリットがあるのでしょうか。それは、資金調達時に高い株価で調達できるということでしょう。
高い株価で調達できるということは、少ない株式数でより多くの資金を得られるということです。つまり既存の株主の希薄化を低く抑えることができることにもつながります。
必要な資金があったときは、市場からすみやかに調達したい、そういった時のために常に高いPERを維持しておきたいと経営者は考えています。
ちなみに、事業が複数多岐にわたる企業よりも、単一の事業をしている企業の方が、投資家達からは好まれやすいという傾向があります。 多角化は業績変動を減らしたり、各事業の相乗効果が期待できることももちろんありますが、1つの事業に集中しているほうが効率がよいというのが一般的です。そもそも、投資家は、自分の目で、同じ業界の中で、いくつもの会社を比較して、一番伸びそうな会社に投資したいと思っているわけです。だからさまざまな事業をしている企業は、比較の土俵にのせるのが難しくなります。だから、複数の事業を展開している企業のPERの方が低くなりがちです。これがコングロマリットディスカウントというものです。
株価が会社の評価額ということはどういうことなのか
株価を高く維持しておくことは、いざという時の資金調達時に有益ということを前述しました。
そもそも、いざという時に、銀行からの借入だけではなく、株式市場から調達できるというのは上場企業の最大の強みです。
上場すると社会的な信用が上がるのは、この調達手段を自前で持っていることで、ある意味つぶれにくくなるということがあります。
ただ、実際のところはどうでしょうか。これは上場してわかったことですが、上場後に株式市場から調達するのはそれほど簡単なことではないのだなというのが、上場してまもなく10年を迎える僕の正直な実感です。 なぜなら、株式市場から調達する時にはまずしっかりとした理由が求められるからです。PO(株式を売り出すこと)による調達にしても、ワラント(新株予約権)による調達にしても、行うときの調達の適切性を担保するために都度証券会社の審査も入りますし、それなりの手続きとコストがかかります。何より、変動する株価水準を考慮する必要があるため意思決定が難しくなります。だからそんなに頻繁に実施できることではありません。
実際に上場して資金がなくなった会社が、市場から調達をすることで生き延びたなと思えるようなことも見受けられますが、その時も「つぶれそうだから調達します。」という表現には当然ながらなっていない。ちゃんと未来にたいするビジョンをみせてその打ち手に対して投資してくださいということで調達をする。そして調達時に説明した目的で資金を活用することも求められます。つまり、前述したように株価は未来に対する値付けですので、ここはそういった作法が重要になります。
一方、近年、資金調達の手段は多様化しています。株式や借入に加えて、スタートアップ企業などはJ-KISSやクラウドファンディング、トークンを使った調達のような方法があります。そちらの方がスピード感があったり、むしろ調達額も大きくなるといったこともありえる。つまり、先ほどは株式市場からの調達は上場企業の最大の強みと書きましたが、資金調達だけが目的であれば、必ずしも上場だけが解ではない。そんな時代だと思います。
ただ、ここでもう1つ、上場維持コストをかけてでも上場することの意義を改めて追加したいのは、株価というものがつくことによって、自社の評価額が明確になるという点です。
とある上場企業が経営不振に陥り、別の会社にあっという間のスピードで買収されました。その時、こんなに早く買収のディール(取引)がまとまるのかと驚きました。これは上場企業ならではだなと思いました。上場企業は株価という形で企業価値が明確だからです。
発行済の株式に対して日々値付けが行われるので、時価総額、つまり「あなたの会社はいくらです」という数字は誰もが知るところになり、理論的にはその会社を買うことができます。
これが非上場の会社であれば、買収するにあたって、企業価値評価(バリュエーション)をお互いに納得するために交渉を始めてから話がまとまるまでに、少なくとも数ヶ月はかかると思います。
つまり、株式市場とは、会社という存在の価値を数値化して流通させるツールです。資金調達が行いやすくなることはもちろんですが、会社の評価額を明確にすることは、事業を存続させていく上でもプラスになる。資本が存続するための知恵なのだなと実感しました。
自社の値付けが、フェアで明確になる。これも上場することのメリットだといえます。
上場企業の経営者にとって株価とは
上場すると自社の株価に日々向き合うことになります。株価が経営者にとっての成績だと捉えられますし、自身が株主である場合は、なおさらです。
ですが、一般的に、経営者が自社の株価を高いとか低いとかという発言は控えるようにとされています。これはその発言そのものがインサイダーに抵触するという要素もありますし、自社の株価は、さまざまな要因によって必ずしもコントロールできないということもあるからです。
であれば、あくまでも業績をしっかり伸ばすことに全力を尽くす。そして、業績が良い時も悪い時も、現状の状況だけではなく、未来への打ち手も、可能な限り早い段階で情報を伝えていく。伝えていくことで、市場に評価してもらうように努力する。このスタンスに行き着いていく。カヤックにおいてもそのスタンスを大切にしたいと考えています。
今回は、以上です。
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このブログが書籍になりました! 特別対談「うんこの未来」のおまけつき。