人は何のために生きているのだろう?
この問いに答えられる人は少ない。
でも、そこに迷いなく即答できる人は強いと思う。
それは法人とて変わらない。
正解はなくても、決意の問題として、即答できれば強い法人になる。
カヤックという法人が、何のために生きているのか?
それを問いたい。
そして、その問いに対する答えこそが、経営理念であるべきだ。
では実際、人は何のために生きているのだろうか?
「幸せになるため」
比較的多い回答例。
それはきっと、法人も一緒。
法人は何のために生きているのか?
「経済活動を通して、社会に貢献し、その結果、法人自身が幸せになる。」
つまるところ、これが共通にして普遍の目的なのではないか。
だから、法人の経営理念には、社会貢献という言葉がつきまとう。
社会に貢献せずに、自分が幸せな気持ちになることはできない。
(と少なくとも僕らはそう思う)
つまり、もともと全ての法人は、社会に貢献するために存在するのだ。
だから、生きる目的である会社の経営理念を言語化すると、
一般的で似たようなものになってしまう。
でも、それだと一番大事なはずの経営理念がありきたりなものになってしまう。
そんな言葉を何度復唱しても、
社員の心には何も残らない。暗唱もできない。
カヤックの企業理念を、そんな力を失った言葉にはしたくない。
何度もいうように、経営理念は法人の存在理由だから。
それを忘れるような組織にしたら、社会に存在する意味がそもそもない。
では、どうすればいいか。
人の価値観が一人一人違うように、
法人も、一社一社違う独自の価値観を、経営理念にこめるのだ。
音楽の会社なら「音楽を通してラブとピースの世の中をつくる」とか。
スポーツの会社なら「スポーツを通して社会そのものを健康にする」とか。
そうすればきっと、その法人にしか言えない言葉になる。
社員のこころに刻まれる、暗唱できる言葉になる。
ビジネスの世界では、ときとして目的と手段の混同が起きる。
それは、きっと、経営理念を見失ってしまうから。
目的と手段。
使いふるされた言葉だけど、そこを混同してはならない。
たとえば、「利益」。
利益は、目的を達成するための手段であり、目的を達成した後の結果にすぎない。
利益が目的では決してない。
だから、カヤックの経営理念は、
それを唱えていれば目的と手段を混同しない、そんな言葉にしたい。
カヤックという法人がどこに進んだらいいかわからず迷った時、
それを思い出せば、ちゃんと道しるべになる言葉。
僕ら自身を正しい方向に導く羅針盤。
いつも心に留めておける、そんな魔法の言葉にしたい。
つくる人を増やす。
これであれば、暗唱することができる長さ。
カヤックは「世の中につくる人を1人でも増やす」ことを目的に存在する組織。そう考える。
その方法論で社会に貢献し、カヤック自身が幸せになっていく。
つくるという行為は、自分を深く理解することにつながる。そう考える。
人はつくることを通して、
自分が「何を美しいと感じ、何を醜いと感じるか」「何が好きで、何が嫌いか」
という価値基準を知る。
あらゆることを、自分だけのモノサシで見られるようになっていく。
そしてその自分だけのモノサシを通して、
人の受け売りではない、自分なりの幸せになる方法論が見えてくる。
だから、つくることは、1人1人が幸せになれる社会につながっていく。
また、つくるという行為は、人を楽しませ感動させることと同義と考える。
そこには相手がいる。反応がある。
人はつくることを通して、
「他人が喜んでくれることが、自分の喜びになる」という感覚を知る。
そしてその「他人の喜びを自分の喜びにする経験」は、つみかさなって、
いつか社会の喜びを生みだしたいという気持ちへつながっていく。
だから、つくる人が1人でも増えれば、社会はきっと、よりよくなる。
カヤックは、つくることを個人の中に閉じこめず、世の中全体へ開いていく。
そのために、市場を用意する。
新たなコミュニケーションや、新たな価値が生まれる市場。
オープンに、気軽に、「つくる喜び」をあらゆる人へと広げる市場。
そんな場があれば、それがきっと多くの人の、「つくる」をはじめるきっかけになる。
カヤックが行う「つくる」の支援。
それは、いわゆるクリエイター支援にとどまらない。
クリエイターと自覚している人は、支援なんかしなくてもつくり続けるから。
それよりもむしろ、つくるのを忘れてしまった人の目を覚まさせる。
つくらない人を、つくる人にする。それがカヤックの使命。
そして、もちろん、カヤック自身も楽しくつくり続ける。
楽しそうにつくり続けている僕らをみて、
自分もつくりたいと思う人がきっと増えるから。
これが、カヤックの経営理念。