2023.01.06
#クリエイターズインタビュー No.72クリエイターのマッチングで化学反応を加速!面白開発制度「FTD(フリーにつくるダンジョン)」とは
カヤックのゲーム事業部で月に一度行われている、“フリーにつくるダンジョン”こと「FTD」。この面白開発制度の成り立ちやゴールついて、事業部長の佐藤さんとFTD大好きマンの泉川さんに取材しました。コロナ禍で薄れてしまったカヤックらしい「文化祭の前日感」を取り戻し、クリエイター同士の多様な化学反応を活性化したいという思いは、「FTD」にどのように反映されているのでしょうか。2023年1月9日には、「FTD」を使って制作されたSteam向けローグライトゲーム『Hexrogue(ヘクスローグ)』が発売。制作の背景にも迫ります!
佐藤 宗(右)
1989年生まれ、2012年入社。ゲーム事業部 事業部長/ディレクター・Unity エンジニア
好きなSteamのゲームは「RimWorld」「Factorio」「Dicey Dungeons」「Slay the Spire」です
泉川 雄一(左)
1985年生まれ、2017年入社。ゲーム事業部/Unity エンジニア
20年ぐらいゲームをつくって生きています
事業部長に直撃、「FTD(フリーにつくるダンジョン)」って何ですか?
ーユニークな取り組みが多いことで知られるカヤックですが、ゲーム事業部に「FTD(フリーにつくるダンジョン)」という面白開発制度があると伺いました。この制度の内容について教えてもらえますか。
佐藤
「FTD」は、「ボトムアップでも組織をつくっていきたい」という思いから、2020年8月に始まったゲーム事業部の開発制度です。当初は月毎に有志のメンバーが企画を持ち寄り、投票で選ばれたトップ2チームが月末に成果物を発表する催しでした。2022年から、スキームを少し変えて開催しています。
ースキームを変更した理由は何でしょうか。また、どのように変わったのですか。
佐藤
従来のスキームでも面白かったのですが、メンバー間の交流をもっと盛り上げたくて......。コロナ禍でリモートワークが増えたことによる停滞感もありました。
そこで、メンバーを3人集められたら制作できるようにし、参加のハードルを下げました。ふだん業務で組まない人とも気軽に交流することで起こる「化学反応」が狙いです。参加対象者は基本的にゲーム事業部の社員なのですが、たまに違う部署の人も紛れ込んでいることもあります、笑。
また、「FTD」の活動は各企画に対して72時間が勤怠として認められていたのですが、スキーム変更後はひとりあたり16時間が付与される仕組みになりました。メンバーをさらに増やすことで制作時間も増やせるし、自分の持ち時間を他のメンバーに分けることもできます。
ー「FTD」の活動は勤怠としてカウントできるんですね。
佐藤
要は、ひとり16時間の人件費=開発費という考え方ですね。業務時間の10〜20%を研究時間として自由に使えるという他社の事例がありますが、それに近いかもしれません。「FTD」の面白い点は、1時間いくらという計算で、持ち時間を材料費にも変換できること。3Dモデルを買ったり、アナログで実物をつくる人はその材料を購入したりしています。
ーアナログ?! ゲーム以外も制作するのですか。
泉川
基本的にはゲーム制作が多いのですが、アナログのものづくりもします。カヤックが運用するソーシャルゲーム『キン肉マンマッスルショット』に登場するプロレスマスクをミシンで縫ったり、ゲームに登場する小道具や、仕事の合間にくつろぐためのバーカウンターをDIYした人もいますよ。
佐藤
ゲーム以外にも、子供向けのアニメ制作や、noteに記事を書いてゲームのメディアを立ち上げる企画もあります。「FTD」では、職種や専門領域を超えて、自分がやってみたいものづくりに挑戦できるんです。
何をつくるかに関しても、基本的にNOとは言わないようにしています。線引きがなかなか難しいのですが、「つくる」というフェーズを通すことを最低限のルールにしています。
ーゲーム事業部の開発制度と聞いて想像した以上に、制作範囲が広い印象です。
佐藤
特に、スキーム変更後は広がったかもしれません。Unityのハンズオンを開いて、ゲームはおろかプログラミング経験も無い人がゲームをつくってみたり、ハイパーカジュアルゲームのチームが持つ広告ノウハウをソーシャルゲームにも適用してみたり......。単につくって楽しむだけでなく、技術習得の場としても活用されていて面白いです。
泉川
たしか、Unityのハンズオンで3Dモデルの練習を積んでアセットストアで発売したものを、「FTD」の別企画で背景素材に使っていました。色々な循環が起きています。
裏技や部活動まで。なぜ「FTD」は白熱するのか?
ー今までの話を整理すると、「FTD」は、ゼロから新しく何かをつくるための制度なんでしょうか。
佐藤
実は色々なパターンがあって、もともと携わっている業務に「FTD」を併用することもあります。プロジェクトをブラッシュアップするために企画する、裏技的なパターンです。
泉川
『ぼくらの甲子園!ポケット』のミニゲーム制作企画や、『キン肉マンマッスルショット』のバトルステージ制作企画がありましたね。
佐藤
そうそう、プロジェクト外の人を巻き込むのに、あえて「FTD」を利用するというパターン。
ー裏技まであるんですね。事業部長の佐藤さんも予想外でしたか。
佐藤
自分がつくりたいものをゼロからつくるパターンを想定していたのですが、仕事で困っていることや悩んでいることを解決するために「FTD」を併用して使うケースは意外でした。
泉川
カヤックの社員は、皆すぐハックしますからね。
佐藤
そうなんです、だからルールをあまり細かくしないようにしました、笑。
ルールの判断は本当に難しいです。以前、「FTD」でつくったゲームがその場限りで終わってしまうのがもったいないという話が出て、端末を買って過去の作品を入れる企画があったのですが、「買って終わり」は「FTD」として認められず......。でも、すごく良い視点だし、端末の購入も事業部で必要だったので、結局その企画は別ルートで達成しました。
ー社員が様々なアイデアを発信し実現できるきっかけになっているんですね。「FTD」の目的、ゴールについてはどう考えていますか。
佐藤
欲を言えば、エンドユーザーまで届けられるものがつくれるといいとは思うのですが、そこをメインにしてしまうと、クリエイターのコラボレーションとか化学反応がおざなりになってしまう。まず最初の目標は、「文化づくり」ですね。そこから価値のあるものを提供できるようになったら理想的。
クリエイターがたくさんいてワイワイできるところにカヤックの良さがあると思うので、なるべく周囲と関わって、自分に刺激を与えて欲しいです。
ー楽しみながらクリエイティブを強化する。「ミニ文化祭」みたいな?
佐藤
ミニ文化祭って、いい表現かもしれませんね。カヤックに入社した人は、「文化祭の前日みたいな会社ですね」とよく言っていました。コロナ禍で人が集まる文化が薄くなってきてしまったこともあるので、「文化祭の前日感」を取り戻したいです。
実は、「FTD」の募集シートに、部活しませんかという欄を加えてみたんですよね。部活は業務ではないので事業部の管轄外なのですが、珍しいメンバーの組み合わせができ、熱心に集まっている部もあるようです。
泉川
私はホラーゲーム制作部、ボードゲーム制作部に入りましたよ。業務ではないので、自分たちでつくって、利益も自分たちで分けようとか。
佐藤
知らないうちに多様なクリエイターが集まって、様々な付加価値を生み出そうとしているので、しめしめという感じです。そう思うと、「FTD」はマッチング制度とも言えますね。
ーなるほど、マッチングですか。会社側で制度をつくっても中々広まらない場合も多いですが、「FTD」は人が集まり盛り上がっていますよね。なぜだと思いますか。
泉川
カヤックは、何かをつくること自体が好きな人が多いですからね。個人的には「毎月何かをつくるという締切」があって楽しいです。締切と言っても、そこに辛さは全く無い。
佐藤
泉川さんは「FTD大好きマン」ですね、笑。業務ではなくても個人的に関わりたくて「FTD」に参加する人も結構いますよね。
泉川
たしかに。「FTD」の企画が立つと専用のSlackチャンネルができるのですが、私は大体全部のチャンネルに入っています、笑。
クリエイターたちが思い切りワイワイして積極的に交流できるのは、えらい人から怒られないから、というのもあると思います。
ー心理的安全性が高いんですね。
泉川
Slackで盛り上がっていても「もっと真面目にやれ」とか全く言われないですし、ふざけたスタンプもいっぱいあります。
佐藤
経営層も、化学反応から生まれる「予想外」を期待しているというか......。「本当にそれで行けるのか」と確認が入ることがあっても、止めにかかることは少ないですね。「熱量が高い人にのっかる」というのはカヤックの文化ですから。
爆誕!FTD大好きマンが開発したSteamゲーム『Hexrogue(ヘクスローグ)』
ー泉川さんが「FTD」で発案して事業化されたゲーム『Hexrogue(ヘクスローグ)』が、ちょうどリリースされるのだとか。経緯を教えてもらえますか。
泉川
ほぼ毎月「FTD」に何かしら出しているのですが、自分の好きな「ローグライトゲーム」と「箱庭ゲーム」をかけ合わせたゲームを企画制作したことがきっかけです。
「FTD」でつくっている段階から大きな手応えがあり、世界的なプラットフォームSteam向けに実際に売り出すことになったんです。
佐藤
少しややこしいのですが、泉川さんが「FTD」で企画制作したゲームを事業化して開発を進め、さらに「FTD」を使ってグレードアップしたという形になります。
ー『Hexrogue』は、どんなゲームなんですか。
泉川
ざっくり言うと、六角形で構成されたファンタジー世界の島でサバイバルするゲームです。プレイヤーは各ターンで限られたアクションポイントを使って、移動、戦闘、建築などを戦略的に行い、ステージとなる島の開拓を行います。
ー制作で苦労した点はありますか。
泉川
多言語化には苦労しましたね。日本語、英語、韓国語に対応しているので、新しい機能を入れようとすると全て翻訳しなくてはいけない。その点は、カヤックのグローバルなメンバーたちが翻訳してくれて、すごく助けられました。
ちょうど今日「FTD」のプレゼンがあって『Hexrogue』の広告動画が発表されますが、この広告動画も自分の技術ではつくれなかったので、「FTD」の募集シートで呼びかけて制作してもらいました。その代わり、別の企画を私も手伝うという取引を交わしたんです。
ースキルの取引というか、社内クラウドファンディングのようですね。
佐藤
いいですよね、こういうことを期待していました!
ー特にこだわったポイントは?
泉川
こだわりは色々ありますが、強いて言えば、ステージの地形や敵、50以上のPERK(パーク)などのランダム要素でしょうか。プレイ感が毎回変わるローグライトゲームなので、しっかり遊ぶヘビーゲーマーも、何度でもプレイを楽しんでもらえると思います。
ー今、カヤックはソーシャルゲームの運用や、ライトユーザー向けのハイパーカジュアルゲームの制作がメインだと思うのですが、もっとつくり込んだゲームになっている、と。
泉川
そうですね。自分で遊んでみて相当面白いものをつくりたくて......。開発やテストプレイをしているだけでも朝になっているくらい、夢中になりました。
佐藤
ソーシャルゲームやハイパーカジュアルゲームに加え、今回のようにPC向けのゲームもつくったりするところは、いわゆる大手のゲーム会社に比べると独特です。色々な分野、プラットフォームでゲームをつくれる自由度の高さも、カヤックで働く面白さのひとつだと思います。
ー「FTD」から満を持して世界向けゲームの発売。これからが楽しみですね!
泉川
100万本売れてほしいですね、笑。そして、続編をつくらせてほしい。アップデートでも良いのですが、まだまだつくり込みたいです。
最初は難しくて心が折れるかもしれませんが、プレイするうちに攻略が見えてどんどん楽しくなってくるので、ぜひじっくり遊んでもらいたいと思います!
(取材・文 二木薫)