2015.02.17
#クリエイターズインタビュー No.34物件探しができるHOME'Sのプロダクト、「すごい天秤」の開発にかけた「すごいこだわり」とは?
不動産情報サイト「HOME'S」を運営するネクストとカヤックがコラボした「「すごい天秤」。物件検索の条件を分銅に見立てて天秤で実際に比較し、Googleマップ上に検索結果を表示するという本デバイスの製作で、カヤックは企画からデザイン製作 ・プロトタイプ製作までを行いました。
今回はネクスト リッテルラボラトリーの秋山剛氏、製作協力のkarakuri products 代表 ロボティクス・エンジニアの松村礼央氏、海内工業の湊研太郎氏にもご同席いただき、エンジニア松田壮とデザイナー小原暢に、その製作の裏側を聞きました。
共通の感性とノリのよさから生まれた「すごい天秤」
― 今回の製作の経緯を教えてください。
- 秋山
- Maker Faire Tokyo 2014に出展するにあたり、見た目にもこだわったハードウェアを展示したいと考えていたんです。タンジブルUI(実態がないものに触れることができるインターフェース)を用いた物件検索システムの製作経験はあったので、それを用いた別のアプローチができないかということで、カヤックさんに相談したんです。
初回のブレストでもう「天秤」というキーワードやスチームパンクのデザインが出てきて、すごいスピード感で進んでいきましたよね。
- 松田
- 「家賃と部屋の条件を天秤にかける」ってよくある表現をそのまま形にしたらどうかとノリで提案したら通っちゃって…すみません(苦笑)。
- 秋山
- いやいや、僕の考えともピッタリでしたよ。その他も胸に刺さる案ばかりで、実現したら今までになく面白いものになる予感もありましたし。
― 松村さんや湊さんが参加された経緯、また企画をどう形にしていったか教えてください。製作期間は約3カ月だったとか?
- 松田
- ええ。松村さんとは「2020ふつうの家展」などでご一緒していて、今回は本格的なロボティクスの知見が必要になるので、松村さんしかないと、企画段階からお願いすることを決めていました。
- 松村
- カヤックさんとは毎回エッジがきいた企画にトライできているので、今回もご一緒させてもらいました。最初の打ち合わせでは、「天秤をつくる」、「スチームパンク」、「物件の条件をセンシングする」程度しか決まっていなかったので、具体的な方法はイチから考えました。
9月末にお話をいただいた時点で既に1カ月後のプレゼンが決まっていたので、まずはプロトタイプを納品することにしました。この期間で製作可能な形を出し、天秤の機構を設計してセンサーを選び、湊さんに板金加工を依頼するという流れです。
- 湊
- 弊社は精密機器の部品製造が中心なんですが、松村さんとはロボット製作をご一緒させてもらっていて、今回お声がけをいただきました。金属製のプロトタイプは2台つくりましたよね。
- 松村
- デザインが固まる前でしたしね。システムを連携するだけでも大変なので、まずは機能面だけでもわかるプロトタイプをつくろうと進めていたんです。
- 湊
- ちなみにプロトタイプのベースは5ミリ厚のアルミですが、あまり使わない素材なのでレーザーで切るのが大変なので、最初は「難しいと思います」とお話していた気がします。
職人泣かせのこだわりが実現させた本物の「揺れ」
― 2〜3台目の間でモックのデザインが大きく変わっていますね。
- 小原
- 実は、この間に大きな決断があったんです。最初のプロトタイプはロボット的なぎこちない動きだったので、天秤の自然な揺れを再現したいという想いが強くなってきて…。
- 松田
- 納品後の帰りに「僕らがつくりたいのはこれじゃないよね」って話しましたよね。それで再び松村さんに来ていただき、自分たちの思いを伝えたんです。
- 秋山
- 時間もない中で、それだけの思いや意気込みを持って取り組んでくれているのが嬉しくて。ただ、その後に現物を見た時はさすがにびっくりしましたけどね。
― これだけ違うと確かに驚きますね。その変更について詳しく伺いたいのですが。
- 松村
- まずは天秤の動きを考え直すことから始めました。自然さを重視するとのことで最初の案は捨てることが決まっていたんですよね。あと2カ月で完成しなかったら…という不安を持ちつつも腹を括りましょうという話をしました。
- 松田
- 「正気ですか?」って聞かれましたもん。
- 松村
- そうでしたね(笑)。動きを滑らかにするなら本物の天秤と同じ構造にするしかないなと。幸い、構造を上部と台座に分けて製作できるということになり、仕上がりのサイズ感だけお伝えして上部のデザインはカヤックさんにお任せしました。
- 松田
- 最後まで天秤と中の機構を繋げられなかったので、一刻も早く繋ぎたかったんです。実際に見た時には「方針を変えてよかった」としみじみ思いました。
- 松村
- 僕もそれまではずっと胃が痛かったですよ。普通は仕組みを固めてからデザインを詰めるのに、同時進行で進めなくてはいけなかったので。
- 小原
- でも理想の天秤の動きが実現できた時は本当に嬉しかったです。天秤の印象を左右する部分だけに、機構を変えるという決断は間違ってなかったんだなと…。
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- 松田
- この天秤の機構を変えると決めた瞬間から、小原さんの力の入れ具合も変わりましたよね。淡々と進めていた印象だったのが、これはスイッチが入っちゃったぞと。そこからは「職人泣かせ」という言葉を目の当たりにした気がします(苦笑)。
- 松村
- 要求は正直ハードだけどやった方が絶対にカッコよくなる。普通は納期ギリギリになる仕様変更なんてしませんが、アイデアのキャッチボールができる小原さんの依頼だからこそ、だったんです。
スチームパンクの質感をビジュアルと匠の板金加工技術で表す
― では、天秤のデザインはどう固めたのですか?
- 小原
- プロトタイプの納品後、まず秋山さんに方向性を確認しました。書籍などを参考にスチームパンクの表現を分類し、その中から使うパーツなどを書き出してお見せしたんです。金属の凝縮感やパイプの入り組み具合、木材の質感などをデザインパネルに3種類ほどまとめ、そこから選んでもらいました。
- 秋山
- その際、真鍮やニキシー管(文字や数字を表示する真空管)を使いたいと話をしたら「僕らも入れたいです」と言ってくれた時には、プロジェクトメンバー全員で同じ感性を共有できていると思いましたね。
― あの質感の表現は素材の扱いに長けた人でないと難しいのでは。
- 松田
- ええ。実は一度は金属加工を諦めたんです。最初に相談した会社さんに三カ月かかると言われていたんですが、これまでのプロトタイプと仕組み部分の板金は海内さんだと伺っていたので、松村さんを通してダメ元で見積もりをお願いしてもらったんです。
- 松村
- 僕はそれまで状況を知らなかったんです。真鍮でやるらしいよ、くらいの話が見積もりを出すことになり、内容を見たら時間的にもヤバいんじゃないの、と。
- 湊
- アルミも真鍮も5ミリの加工は厳しいので、3ミリ2枚を積層加工する候補も加えて見積もりを出したら、最も厳しい5ミリでと言われて(苦笑)。
- 小原
- 僕にとって5ミリは絶対譲れない部分でした。でも素晴らしい仕上がりにしてくださって、さすが金属加工のプロだなと思いました。
- 松村
- 実はここにもう一つ大変なことがあって。普通、板金の図面はCADでつくるんですが、いただいたデータがIllustratorだったんですよ。2Dと3Dでは精度が違うので、そこで出たズレを修正する作業も必要だったんですよね。
- 湊
- そうですね。寸法が定義されないものをそれぞれ数値化して、定義しながらすべて置き換えていきました。
実際に触れる天秤が伝える豊かな体験
― 当日、秋山さんの反応はいかがでした?
- 松田
- 実は納品当日の開場1時間前に初めて完成品をお見せしたんですよ。プロジェクト名が「すごい天秤」なので「すごい」と言ってもらえたら成功だと思っていましたが、30分ほど「すごい」しか仰らなかったような気が(笑)。
- 秋山
- いやもう驚いちゃって。ニキシー管の配線をあえて見せる処理や板金の曲面の仕上げ、金属の質感、オーダーにないキーボードまであるしで全てがスチームパンクテイストで統一されていて本当にカッコよかったですからね!
― 今回のプロジェクトを通して何か発見はありました?
- 秋山
- デザインや素材、動き、そして音も、すべてにこだわるとこんなに豊かな体験が生まれるんだなと。予想を遙かに超える驚きがあったし、ユーザーへの提供価値として強力なモノになると確信できた気がします。
- 湊
- 普段つくる部品は一度納品してしまうと、どう使われているかをなかなか見られないんですが、初めて実際に動く様子が見られたので嬉しかったですね。板金加工は短納期や小ロットとも相性がいいと思いますし、今後もこうした製作にチャレンジしてみたいです。
- 松田
- この数カ月ずっと天秤のことを考えていたので、納品時はお嫁に出すような気持ちになりました。メンテナンスも兼ねて今後もお邪魔して、この子の顔が見られたらいいなと思っています。
「納品の時に申し訳ない気持ちになるなんて初めて」と仰っていた秋山さん。それほどに製作陣の愛情が溢れていたのでしょう。苦労を超えたところにはつくる喜びがある、と感じられるプロジェクトでした。