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会社において一番重要なものは経営理念だと思っています。
それがあるから、人事制度を考えたり、事業内容を考えたり、そもそも俺たちなんのために会社をやってるんだっけ?と何かに迷ったときに、基本に立ち返ることができるのです。
そんな大事な経営理念なのだから、忘れないために、毎日朝礼で繰り返し唱えて頭にすり込ませるなんて方法もあります。
ですが、それだと逆に思考が停止してしまい視野が狭くなるような気がしますし、カヤックはクリエイティブな会社でありたいから、繰り返し唱えるという方法論は合っていない気がします。
それに、繰り返さなくても、短くて覚えやすい、オリジナリティのある言葉を生み出せるようなスキルがないとだめなんです。だって、僕らは業務上においても、そういうことをクライアントワークでも期待されているわけですから。
ありきたりでもだめだし、奇抜すぎて本質からずれるのもだめ。
そういう意味で、「つくる人を増やす。」というコピーは的を射ているのではないかと思っています。自画自賛ですが。
でも、覚えやすい経営理念ができたからといって、果たしてカヤックのみんなが日常的に経営理念を意識しているか、と言われると、実はそんなことはありません。
僕も含め、普段はほとんど意識していないと思います。だって忘れちゃうもの。
普段は意識しなくてもいい。
迷うことがあったり、行き詰ったりした時に立ち返り、「ああ、これでいいんだ」と勇気づけられるくらいのものでいいと考えています。
つまり、一番大事ではあるし、その大切さを説いてはいるけれど、その実践方法や個々人の取り組みは、きわめて自由でリラックスしたスタンスなのです。
そして普段がそんなスタンスだからこそ、年に2回だけは、みんなで経営理念に立ち返って考える機会を設けています。半年に1回ぐらいは真剣に考えようと。
それがぜんいん社長合宿です。
日常の生活に追われてしまうと、些細なことに気をとられて、大局的に物事を見ることができなくなります。目的に立ち返るタイミングを半年に1度ぐらい設けておくことが、ちょうどよいのではないかと考えています。そして必要であれば、そのタイミングで経営理念を変えたっていいのです。
本当に「つくる人を増やすこと」は「人に優しい社会」につながるのか?
とある本を読みました。
その本には書かれています。戦時下、多くの日本兵が捕虜となり、そこでは秩序を保つために暴力が必要とされた。そんな環境において、優秀な家具職人や建具職人たちのグループだけが、暴力を必要とすることなく、「秩序」を保っていたと。
「なんら虚飾のない、伝統的文化に基づく一つの秩序すなわち文化があった。特に職人は立派であり、彼らはその技術においてアメリカ人よりはるかにすぐれ、従って暴力的秩序などは皆無であり、そしてそういう場所には、彼らは絶対に入ってこようとはしなかった。隙がなかったのである。いかなる暴力団もここには勢力をのばすことは不可能であった」
なぜ、職人の世界では暴力的な的秩序がないのか?
最初に断っておきますが、僕はこの問いに対してこの情報だけで回答ができるほどの十分な知識や洞察力を持ちあわせているわけであはりません。
ただここに、“「つくる人を増やすこと」は「人に優しい社会」につながるのか?”この解答が見えてくるような気がします。
捕虜という身分の上下も関係なく、強制的に集団生活を強いられ、暴力的な秩序が生まれやすい極限下における、職人たちとそれ以外の人たちとの違いを考えてみました。
それは、つくっていることです。
「つくる人」というのは、
- ある状況に置かれたとき、「その状況が自分に何をしてくれるのか」ではなく、「自分がこの現状に何をするのか」と考える人間である。
- 自分の利益を優先することでは、いいものつくれないことは経験的にわかっている。
- 障害や制限がある中のほうがつくりたいものが出てくるのが、つくる人の常である。
- つくるという作業は孤独である、だから、そもそも孤独に慣れている。
だから、暴力ではなく、つくることによって秩序を生み出せるから、暴力的な秩序とは無縁であったのではないか?つくる人を増やし、つくる行為を促せば、ひとに優しい社会となっていくのではないか?
カヤックの経営理念のたどりつくところとして
「つくる人を増やすと世の中はよくなる」
とは述べています。が、これは直観的なものでもありました。
でも、こういったエピソードを聞くと、この直観的な考えも一種の正しさを持ってくるように思います。やっぱり、カヤックの経営理念「つくる人を増やす。」は、悪くはないはずです。



































